第10章 『実家に帰らせて頂きます』【其の弍】
崖を登り切ってもまた谷を降り、更にまた崖を登ること三度。
普通の人間が此処までくるのは骨が折れるだろう。
ほの花は大して息も上がらず、確かに慣れているようだが、そりゃあ里の中で結婚やらして其処から出る人間は少ないだろう。
漸く道らしい道を進み、半刻ほど経った頃、ほの花が立ち止まった。
「どうした?」
「…あの、もう少ししたら陰陽師の里に入ります。」
「そうか。」
「…だから、あの…手、繋いでも…いいですか?」
普段、あまり表でこうやって甘えたりしてこないほの花。
恋仲となってから初めてこんな風に甘えてきたのではないか。
もう少ししたら…"里に入る"か。
ほの花の育ったところが全滅し、父親が鬼となり、家族を殺したところ。
まだ数ヶ月しか経っていないのに再び訪れることになったのは予定外のことだろう。
しかし、ちゃんと前を見据えて乗り越えようとしている彼女はとても強い。
下を向いたままのほの花の手を取り握ってやると少し顔を上げてホッとしたような表情を向けた。
「こ、断られたらどうしようかと思いました…。」
「どこででもほの花に触れたくて仕方ないこの俺が断るなんていう選択肢はねぇよ。お前も少しは学べよ。」
「…私だって…、宇髄さんに触れられて嫌なんてことないです…。」
「…ということはどこでも口づけしていいってことか。」
「それとこれとは話は別です。」
繋がれる手を離すまいと強く握ると改めてほの花が女だと思う瞬間だ。
指は細く、手のひらも決して大きいわけではない。平均的な女のそれとほとんど変わらない。少しばかり縦寸がデカいだけでこの場で19年間女として見られなかったという事実が本気で受け入れられない。
(…どこに目付けてんだよ、ここの里の連中は。)
手を出されなくてホッともするが、ほの花の魅力が分からなかった阿呆な奴らが本気で不憫に感じた。