第50章 【番外編】溺愛はほどほどに
「や、やめて!やめてください…!」
押し付けられた体を振り払おうとしても意外にも強い力で顔を歪ませる。
もちろん私とて、本気を出せばこの男を倒すことなどできるだろう。仮にも私は元音柱の継子だ。
体術や護身術などは身につけているし、舞扇を持っていれば強盗にだって負けやしない自信がある。
でも、如何せん今の私は足を捻挫していて力が入らないし、逃げようにも足が痛くて無理だろう。
それに何よりも問題なのは、すっかり鈍った体が意外にも力が入らない。
いざとなればこの人を投げ飛ばすくらいのことはするつもりだが、相手は一般人だ。
どのくらいの力でやったらいいのかも分からない。
口頭で説得できるならばそれに越したことはないのだ。
「あの…、私、夫がいるので…!こう言うのは困ります…!」
「知ってるよ。いつも隣にいるデカい男でしょ?別に離縁してくれなんて思ってないよ。少しだけ俺も相手にしてよ。ね?」
「そ、そういうのは…不義になります故…!できません!私は、夫を愛しているので…!離してください。」
「旦那だけだと飽きちゃうでしょ?たまにつまみ食いも大事だよ。」
おかずのつまみ食いのように簡単に言ってのけるけど、その倫理観は酷いものだ。
不義を働くのを当然と言わんばかりのその物言いに不快感が止まらない。
天元を裏切ることなんてできないし、天元以外に抱かれたいだなんて考えたこともない。
天元がいればいい。
天元さえそばにいてくれたら満足なのだから。
「結構です…!私は夫さえいれば満足してるので…!」
「シてみたら良いかもよ?ね、家においでよ。」
「い、行きま…「行かねぇよ。」…せん…え」
それは目にも止まらぬ速さ。
強い力で私の体を壁に押し付けていたその男は一瞬で掴み上げられて、自由になった体は大好きな手で引き寄せられていた。
「て、天元…!」
「な、は、離せ!!!」
突然現れた天元にホッとして縋るように抱きついてみれば彼の匂いが安心感をくれた。
「俺の女に何してた…?場合によってはこの場でぶち殺す。」
「なっ…!ぼ、暴力振るうのか?!」
「先に俺の女に手を出したのはお前だろうが。どの口が言うんだ、糞野郎。」
いつもの優しい声色ではない。
そこにあるのは鬼殺隊音柱の時の研ぎ澄まされた空気だった。