第50章 【番外編】溺愛はほどほどに
──ズザザッ
「い、ててて…。」
バランスを崩した私が足をかけていた木から落ちるのは分かりきったことだ。
幸いなことはそこがまだ低めの位置だったこと。
頭を打って死ぬやら体を強打して意思不明の重体なんていうことは免れた。
しかしながら、青空が広がる天を見上げてひっくり返っていた私の体の鈍りようときたら…笑いが込み上げてくるほどだ。
──にゃぁ、にゃぁ…
しかし、脳内反省会を繰り広げる前に腕の中に抱きしめていた猫が鳴いた。
「あ…!良かった…!猫ちゃん。無事だったね…」
猫もまた木から落ちて大怪我を負うことはなく、済んだことは物凄くラッキーだ。
漸くその場で起き上がるとマジマジと猫に怪我がないか確認する。
怪我がなければ、それで終わりでよかったのだが如何せん、こんな鈍ちんで体も弱い私であっても根は薬師。
しかも、第一線で働いていたこともある医療者だ。
人間であっても動物であっても怪我を見つけるのは早い。
猫の足の付け根に僅かな裂傷を見つけてしまうと眉を顰める。
「あぁ…!痛そう…どうしよう…。ごめんね、私、いま傷薬とか持ってないの…!」
こんな時、数年前の私ならば秒であの治癒能力を使っていただろう。
こんな小さな怪我を治すくらい治癒能力であればほんのコンマ1秒程度だろうし、それに伴う体への負担など大したこともないはずだ。
しかし、今の私がその能力を使うことは許されない。
しのぶさんが生きていた頃にも再三約束させられた。
もう二度とあの力を使わないと。
使ったらどんな副反応が返ってくるのかもう分からないから…と。
私ですら分からない。
あの遊郭の戦いの時、天元に使った治癒能力は恐らく極限だった。
己の限界まで使ったのだと思う。最後らへんは記憶が薄れていて覚えていない。
それでも無我夢中で使っていたのは天元の優しい手の温もりを失いたくなかったからだが…あの時ですら私は死の淵を彷徨い、今も尚負債と闘い続けているのだ。
そんな中であの力をおいそれと使うことなど許されない。
天元とも固く約束しているから。