第10章 『実家に帰らせて頂きます』【其の弍】
宇髄さんが恭しく退出すると、産屋敷様のおそばまで行き、そのまま薬の箱を広げた。
本当にあのことだけを頼みに来てくれたんだ。
調合の時は邪魔しないように外に出て行ってくれたのかな。
「…天元は本当にほの花が大好きなんだね。」
「ええっ?!い、いや…その、それは…!」
「あんな真剣な顔して頼み事をしてきた天元を初めて見たよ。愛されているんだね。」
産屋敷様が優しい笑顔でそうやって言ってくれるものだから擽ったい感覚になり、顔が熱く火照ってしまう。
"愛されてる"と人から見てもそう感じてくれることがすごく嬉しかった。
「…そうだと、嬉しいです。」
「でも、ごめんね。二度と行きたくないところに行かせることになってしまったね。申し訳ない。」
「そ、そんなことないです!私は母が生きた証を薬師としてちゃんと残したいんです。だから…産屋敷様のためだけではありません。なのでどうかお気になさらないでください。」
母は西洋薬草などを使った体に優しい薬を作ることが多かった。西洋医学の知識を使って"薬"として作ることもある一方、漢方薬や西洋薬草を使った薬膳茶など食事などからも摂れる効能があるものを使っていた。
産屋敷様のお薬も効能はありつつも体の負担にならない優しい調合になっている。
だけど、本当に必要最低限の物しか持ってこれなかったことで作りたい薬ができないこともこれから出てくる可能性があった。
薬事書は持ってきたけど、母が残した物の中にはもっと後世に伝えたいものもあったのではないか?という気持ちもある。
薬師としても
母としても
私の母は素晴らしい人間だったことをみんなに知ってほしい。
「…それより…柱である宇髄さんを連れて行かないと行けないほど私が弱くて…鬼殺隊にまで迷惑をかけてしまい申し訳ありません。」
気がかりなのはそれだけ。
宇髄さんという戦力を奪うわけだから最短で帰ってこなければ…。
それなのに産屋敷様の顔はとても穏やかでどこか面白そうな気さえした。