第42章 【番外編】過去との決別
俺の意識はその後、ガキの俺があの女に蜜柑と柿を持って行ったところで途切れた。
気がつくと見慣れた天井が目に入って、障子の隙間から朝日が注いでいた。
「…夢、か。」
そう、夢。
夢だった。
変な夢だった。
出会ったばかりのほの花という女。
予想に反してそこまで悪い奴ではないのだということは分かる。
でも、そうだとしても…俺はあの女を意識不明にさせた事実は変えられない。
いつもと変わらない朝なのにいつもよりも気持ちが悪い。
むず痒い。
何も感じないことが普通なのに、無駄な感情が頭を支配するのが気持ち悪くて仕方ない。
あの時、感じた感情も夢だと思ってしまいたかったが、泣いていたあの女のことがどうしても気になった。
気持ちが揺れ動くことなどない。
一定を保つことこそが忍びで必要なことなのだから。
それなのにあの女も兄貴も、その気持ちの揺れ動きを隠すこともしない。
夢の中だけで十分だと思っていた。
こんな気持ちの揺れ動きなど疲れるだけ。
疲れるから御免なのに、気分が高揚する。
生まれて初めての現象に血液がいつもよりも早く循環しているようだった。
俺は夢と同じ、蜜柑と柿を持って兄貴たちの部屋に向かう。
案の定、兄貴と喧嘩になってしまったが、それすらあの女の言葉が甦って"別にいいか"という気持ちにさせた。
でも、やっと目覚めたほの花からあの夢を彷彿とさせるような言葉を聞いてしまうと、自分の頬が緩んでいくのが分かった。
咄嗟に後ろを向いてそれを隠してしまったけど、感情が溢れ出してくる状態が心地いいと感じる。
此処にあの女が来たのは必然なのかもしれない。
ほの花と言う嫁としては何の役にも立たない女をあれほどまでに溺愛する兄貴のことが分からなかった。
でも、今なら少しだけわかる。
理屈じゃないんだ。
相手を想うのに理由はいらない。
チラッと振り返った先にいた二人がお互いを愛おしそうに笑い合っていることが羨ましい。
そこに損得勘定は存在しない。
だからこそ此処まで想い合えるのだ。
「…兄貴じゃなくて俺にしとけばいいのによ。」
小さく呟いた言葉が聴こえたのは恐らく兄貴だけ。
怒りを露わに俺の名前を呼んだのが聴こえてきたが、口角を上げてその場を後にした。
それは本音だから。
撤回するつもりはないのだ。