第42章 【番外編】過去との決別
「あの女が此処に来なければ恐らく死んでいただろう。」
射抜く視線は強い意志を感じさせるが、死の淵を彷徨ったからなのか、其処には穏やかさが見え隠れした。
「…そうですか。」
「天元は…あの女を嫁だと言っていたな。」
「そう、言っていました。」
少し外した視線には憂いが帯びていて、ふぅ…というため息と共に何処となくあの男と同じ空気を感じた。
「…死ぬことなど、怖くはないと思ってきたが…」
「はい。」
「死を覚悟した時、急に名残惜しく感じた。…何とも情けないことだ。老いるというのはこういうことを言うのかもしれんな。」
首領から死ぬことなど大したことではないと教えられてきた。
死ぬくらいのことをしなければ意味がないとすら言われていたが、俺はそれに納得していた。
忍である以上、日常的に死と隣り合わせ。
生きることに固執してしまえば、任務は罷り通らないからだ。
それに反発していたのは里を抜けたあの男。
嫁達を連れて里を出たのは数年前のことだ。
久しぶりに帰ってきたかと思えば、違う嫁を連れていた。
そんな姿を見て嫌悪感と共に少しの羨望が入り混じったのは誰にも言えやしないことだった。
「…天承、お前ももう自由に生きろ。」
だけど、首領の口から出た言葉により反発心で拳を握り締めはしたが、目の前の父親を殴り倒そうとは思わなかった。
"自由に生きろ"
と言う言葉に固く閉じられていた目の前にあった扉が開かれた気がしたからだ。
「…自由…?」
「そうだ。此処に拘るな。…兄である天元のように生きればいい。」
「…自由に…。」
そう言われても全く分からなかった。
何をどうしたらいいのか。
刷り込まれた忍びとしての生き方が自由という言葉に動揺していたのだろう。
「…あの女の目が覚めたらここに呼んでくれ。天元と一緒に。」
「…はい。」
「勝手に里を抜けたことはまだ許していないが、あの女の薬に免じて冥土の土産に話くらい聞いてやろう。」
許していないが…と前置きこそしているもののそこにはもう好戦的な態度はない。
宇髄家の誇りとは一体何だったのか。
何のために己を犠牲にして生きてきたのか。
その首領の姿に頭の中をぐるぐると納得できない自分と自由を求める自分とが攻防を広げていた。