第42章 【番外編】過去との決別
耳が良い俺が自分の心臓の音をこんなに聞く羽目になるなんて思いもしなかった。
ドクンドクンと脈打つそれは全身に勢いよく血液を流している。
「…別に、だって名前、ほの花だろ?」
「うん!そうだよ。"あんた"じゃないよ。よろしくね。」
「ああ。」
たかが名前を呼ばれてくらいで馬鹿みたいに喜ぶほの花にこちらまで勝手に顔が緩む。
「あ…でも、重くない?私、最近は殆ど鍛錬してないから目方が重くなってるかも…。ごめんね?」
「あ?全然重くねぇよ。」
羽が生えたように軽いと感じていたのにやけに心配そうに後ろから顔を覗き込んでくるので気にしてないと言わんばかりにそっぽを向いた。
「俺は男だし、毎日鍛錬してっから全然重さなんて感じねぇよ。」
「そう…?でも、私、人より上背もあるから他の女の子より重いと思うんだよね…。天元くんと同じくらいじゃん…?」
「俺はまだこれから伸びるんだわ!舐めんなよ!それに目方だったら俺のがあるに決まってんだろ?」
確かにほの花は普通の女と比べると身長は高い。スラっとしてて異国人との混血だから仕方ないと思っていたが、どうやら本人は気にしているらしい。
しょぼんと俯くほの花に話を逸らしてやることにした。
「…ほの花の、婚約者の男はデカかったのか?」
「え?天元?うん!天元はすっごくおっきいよ!私よりこれくらい大きい!しかも、めちゃくちゃ筋肉むきむきなの!」
身振り手振りで教えてくれるほの花だけど、その"天元"のこととなると途端に嬉しそうに話すのが気に入らない。
だけど…
話を変えた瞬間、その男のことでも思い出したのか再び満面の笑顔になったことに俺はホッとしたのと同時にまた口角が上がった。
「…俺だって…、筋肉あるし。」
「そうだね!天元くんは絶対これくらいになるから!!もっと筋肉もむきむきになるよ!」
尚も手で高さを示しているほの花は俺のことを婚約者と比べたわけではないのだとは思う。
でも、同じ名前の男のことを気にせずにはいられない自分がいた。
ほの花を一瞬で笑顔にするその男のことが気になって仕方なかったのだ。