第42章 【番外編】過去との決別
それは突然のこと。
木の上で鍛錬の最中、休んでいた時だった。
突如聴こえてきた女の声。
其処には俺以外誰もいなかった筈なのにそれは聴こえた。
耳が良いのは分かっていたから多少遠くても声など聴こえるが、その声は遠くからではなくすぐ近くから聴こえたのだ。
気配もなく、其処に現れた女。
自問自答を繰り返して頭を抱えているが、木々の間から降り注ぐ陽の光を浴びてまるで…
「…天女みてぇ…」
呟いた瞬間、思わず口を手で覆った。
まさか言葉に出してしまうとは思いもしなかった。
栗色の長い髪が美しく、黒曜石のような瞳が吸い込まれそうなほどだった。
一目みただけで心臓を鷲掴みにされることなどあるだろうか。
生まれて初めての感覚にドギマギしながらも暫くその女を観察した。
里を狙う間者かもしれない。
それであれば此処で俺が殺す必要がある。
しかし、青くなったり、赤くなったりくるくると変わる表情を見てあまりの緊張感のなさに首を傾げる。
「…敵、じゃねぇか…?」
万が一、そうだとしたら随分間の抜けた女だ。
どう考えても間者の説は低そうだ。
(…まぁ、放っておいてもいいだろう。)
無闇に殺す必要はない。
観察する必要もないと判断しているのならばもう此処を去ればいい。
俺はただ休憩していただけなのだ。
それなのに
目を離せないその女に動揺しているのは俺の方だ。
(…何だ、この感じ。)
わけがわからない。でも、見ていて飽きないその女にもう少しだけ此処にいてもいいかと思い始めた時、女が叫んだ言葉に耳を疑った。
「…もうーーーーー!!!馬鹿ーーー!!天元に会いたいーーーーーーーー!!!」
…天元…だと?
それは俺の名前。
世の中に同じ名前の奴がいることくらい分かっている。
あの女が探しているのが俺と同じ名前の奴だと言うこと。
それが分かると途端に興味が湧いた。
"話してみたい"と思ってしまうと体が無意識にそちらに向く。
音もなく近付くと「あんた、誰?」と声をかけた。
振り向いたその女は驚いた顔をしてこちらを凝視しているが、やはり見覚えのない顔の女。
だけど…
会ったことないのは間違いないが…
(…綺麗…だな…)
生まれて初めて女を見て美しいと感じた。