第42章 【番外編】過去との決別
「何をしている、阿婆擦れ女。」
冷たい声が響き渡る廊下は暗がりで彼の顔は薄らしか見えない。
それなのに凶器のような視線だけが分かるなんて余程殺気立っているのだろう。
「…すみません。厠に…。」
「出るなと言ってあった筈だが?」
「厠は…良いかと思いまして…」
今回は天元と言い争いみたいになってしまったせいで出てきてしまったけど、生理現象なのだから仕方ないではないか…と思うのは私だけ…?
しかし、掴み上げられた腕がもげそうなのにそれを緩めてくれる素振りは見られなくて、怒りがビシビシと伝わってくる。
(…駄目…ってことです、よね…)
目を凝らせば漸くこの暗闇に目が慣れてきて天承さんの顔が見えてくる。
天元にどことなく雰囲気は似てるけど、やはり天元ではない。
目尻を下げて優しく笑ってくれる天元とは違い、漆黒の闇のような瞳には絶対零度の冷たさがある。
外で会ったら殺されていたと思う。
家の中で、尚且つ一度会っていて、"天元の嫁"という立場を知っているから辛うじて手を出されないだけ。
「虚弱の女は宇髄家に相応しくない。子を産めぬ女などいない方がマシだ。何故お前のような女を選んだのか理解に苦しむ。」
「……それは…感謝してます…。私は…里でも余り物だったので…」
「虚弱な女など嫁にしたい男などいない。当たり前のことだ。あの男の弱みにつけ込んだか?言ってみろ。何をした?」
「……な、何を…って…」
弱みにつけ込んだつもりもないし、何か弱みを握られたわけでもない。
ただ単に『愛し合って…』と言うだけなのにそんなことを言ったとしてもこの人には伝わらないのだろう。
天元もずっとそれを渾々と私に説明してくれていたのだから。
「何が目的だ。薬師だと言うのは間違いないらしいな。怪しい薬を盛ってあの男を懐柔したか?」
「…っ、そ、そんな、こと…」
『ない』と言えるだろうか。
私は天元の記憶を消したことがある。
珠世さんの薬を使って。
薬を使って天元の意識を乗っ取っていたと言うのであれば私は完全に罪人だ。
天承さんの言葉はあながち間違いではない。
だけど、目を逸らして否定をしなければ目の前にいる人はそれが『是』だと捉えるだろう。
そんなこともわからなかった私はとんでもない大馬鹿者だ。