第42章 【番外編】過去との決別
物珍しそうに部屋の中を見渡すほの花の顔は慈愛に満ちていてこんな場所に似つかわしくない姿にため息さえ出る。
ほの花の考えてることなんて分かる。
この場所に来たかったのだろう。
その気持ちが分からないわけではない。俺だってほの花の昔のことを知りたい。
泰君さん達に最後は婚前交渉でやんややんや言われてしまったが、酒の席では昔話をたくさんしてくれた。
蝉が怖くていつも抱っこをせがんできたこと。
幼馴染の男にいじめられて泣きながら帰って来たこと。(殺)
その後、兄弟を連れ立ってボコボコにしたこと。(最高)
お義母さんがおはぎを作る時は匂いでどんな遠くに居ても走って帰ってくること。
頂いた琥珀の思い出話。
どんな小さなことでもほの花のことを知ることができて嬉しかった。
もちろん俺のことを好いてくれているほの花だ。
俺と同じでそう言った感情があるのは分かる。
だが、俺には生憎そんなほっこりした幼少期の記憶はない。
ないからこそ知られたくない。
ほの花にとって俺の幼少期はただ苦しくなるだけだと思う。
楽しくもないそれを聞かされて、知らされて何になる?
ただでさえ、体を痛めているのだ。心まで痛める必要はないだろう?
俺の大切なほの花を自分の過去のせいで苦しめたくない。
ただでさえ心の優しい女なのだ。
(…泣かせたく、ねぇんだよなぁ…)
願いは意外にも単純なこと。
ほの花の笑顔が好きで、もっと笑ってほしいと思うのに、自分のことで泣かせるのが嫌なだけ。
「ねぇ、天元は小さい時はもう一人で此処に寝てたの?」
「は…はぁ?」
それなのに目の前にいる天真爛漫な女からは悲壮感など漂ってこない。
ウキウキと目を輝かせて、昔話にしけこもうと言った空気感さえ感じる。
これはほの花の良いところでもあり、悪いところでもある。
(…分かっててやってんな、コイツ…)
"どうせなら聞いちゃえ"と自らの身を顧みずに好奇心で聞いているのは分かっている。
瑠璃の毒を飲んだ時もそうだった。
駄目だと分かっていながら、己の欲や好奇心が勝る瞬間。
ほの花は傷つくかもしれない場面で平気で己を犠牲にするのだ。