第42章 【番外編】過去との決別
「…ほの花。」
「帰らないから。患者がいるのに何もせずに帰ったことが母に知れたら私が死ぬほど怒られるよ。」
「…そんなことねぇって…。」
臨戦体制だった天元は私の肩を掴んで後ろに引き寄せようとするけど関係ない。
その手を振り払うと、首に当てられていたクナイが離されたことで私は目の前にいる人物を見つめる。
「…今すぐ此処から消え失せれば生かしてやる。早く行け。お前らの顔など見たくもない。」
「嫌です。私は診察するまでまだ帰りません。」
「……殺されたいようだな。」
「何度も言いますが、命は惜しいし、殺されたくないです。でも……私は、薬師なのに助けられなかった命がたくさんあります。」
そう。
医療は完璧ではない。
耀哉様の体も助けることができなかった。
刀鍛冶の里で助けられなかった人もいる。
どれほど悔やんでもその命が帰ってくることはない。
「まだ生きている病の人を目の前にして何もせずに帰るなんて私の道理に反します。そんな悪辣な人間にはなりたくありません。これは私のためです。さ、早く寝てください。」
生き長らえることしかできないかもしれない。
薬を処方して、そこから先それを飲むか飲まないかは本人が決めればいい。
でも、できることをしないで此処から帰るのだけは嫌だった。
「…天元、診察したら帰るから。ちょっとだけまってて。お願い。」
振り返った先にいたのは眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌そうな天元。
それでも真剣な顔で懇願すれば、深いため息を吐いて、背中を撫でてくれた。
何も言わずとも分かる。
天元が「早くしろ」と目で言ってる。結局はこうやって私のやることを後押ししてくれる。
もう此処に何をしにきたやら…?
結婚の挨拶に来たのに殺されそうになるわ、あからさまに嫌われてしまうわ…
嫁としては最悪な状況になっただろう。
(…まぁ、もうそっちはいいや。嫌われても仕方ない。)
しかし、睨みつけるような視線と今すぐ斬りつけようとしていた右手が下ろされたかと思うと、目の前の人物がふらっ…と床に向かって倒れていくのを慌てて支えた。
体重を支えきれずによろける私を天元が更に支えてくれたのが分かると、無意識に顔が緩んだ。