第42章 【番外編】過去との決別
風を切って進んでいく。
見慣れた景色が初めて見るかのように新鮮だ。
あんなに木々は色付いていただろうか。
こんなに青々とした植物の匂いを感じただろうか。
空気はこんなに澄んでいただろうか。
あの頃の俺は季節を楽しむ余裕もない。
こんな風に自然を感じることなんてなかった。
それは間違いなく、俺の心持ちの変化。
腕の中で周りの景色を穏やかな顔で見ているほの花の影響だ。
花のように可憐に笑い美しい。
素直で明るいけど、遠慮しいの控えめな性格。
知れば知るほど、どんどんと深みに嵌って抜け出せなくなった。
頼ってほしくて
甘えてほしくて
守ってやりたくて
そんな唯一無二の女がいるだけで、見慣れた景色さえ新鮮なものに見えるなんて俺も変わったものだ。
「…もうすぐ着く。気を引き締めておけよ。」
「う、うん…!」
俺の顔色を窺うようにちらっと顔をあげるので、目を合わせて頷く。
医療者ならではの責任感のようなものかもしれないが、やはりサラッと帰るつもりだったのに、それができないことへのもどかしさはある。
ほの花にこんなところは合わない。
人を人とも思わない。
兄妹で殺し合いをさせる親がいるところなんてほの花には似合わない。
むしろこんなところに居させたくない。
綺麗な花はこんな薄汚れた土に根を張れば枯れてしまう。
俺が守らなければ…。
ほの花を守れるのは俺しか居ない。
そうやって俺は人知れず躍起になっていた。
前を進んでいた天承が降り立ったのは生まれ育った屋敷。
敷地は広いが、そこでの良い思い出はない。
見るだけで眉間に皺が寄ってしまうが、腕の中にいるほの花が興味津々に身を乗り出すのでため息を吐く。
「…降りるか?」
「え?い、いいの?降りたい…!」
そうやって目を輝かせるほの花を見たら俺の決意なんて豆腐のようなもの。
守ってやらなければと思う反面、ほの花の一挙一動がドス黒い感情を一気に掃討してくれる。
澱みのない綺麗な心。
真っ直ぐな気持ち。
屈託のない笑顔。
どれもこの里では培われないものだろう。
そこにほの花がいるだけで、この地が浄化されるのではないかと思ってしまうほど。
やはり俺はほの花に骨抜きなのだろう。