第41章 【番外編】「娘さんを下さい‼︎」※
ほの花の屋敷の庭は広い。
自分の屋敷と同じくらいだが、草木が生い茂っているのは恐らく薬草。
灯里さんの調合のためにあるのだと思うが、木々が風に揺れて薫る青々とした匂いの中に土を踏み締める足音が聴こえてくる方に進む。
足音を立てないように歩いてしまうのは昔の名残だ。
忍として隠密行動をしていたせいで、意識してなくともうっかり忍足になってしまう。
何かを月明かりに照らして見つめているその人はほの花の兄である泰君さん。
どことなく物悲しそうな雰囲気なのはほの花と喧嘩したためだろう。
うっかり聴こえて来てしまった言葉に自分の言葉を返せば、バッと衣をはためかせてこちらに振り返り睨みつけてきた。
そりゃあそうだ。忍足で近づいてしまったのため余計に驚かせてしまったのだろう。
ただでさえ自分のことを警戒していると言うのにやらかした。
「あー…すいません。俺、元忍の家系なんで癖なんですよ。気配消しちまうのが。」
「…忍の家系…?ああ…そうか、忍か。」
もっと怒られるかと思いきや、"忍の家系"と言えばどことなく納得してくれたような空気に感じるのは気のせいだろうか。
「…お前も長らく日の目を見ない生活をしていたのか。」
「え?あ、あー…まぁ。そうですね。地味に生きてました。その反動で今はド派手に生きてますけど。」
隠密行動などという地味なことばかりをしていたあの頃のことは今ではもう思い出せないことばかり。
だが、あの頃があったから今があるのだから。
「ところで…その宝石何ですか?綺麗ですね。満月みたいで。」
「…?!満月…みたい…に見えるか?」
「へ?!…はい。見えます、けど。」
すると、泰君さんは手の中に持ったそれを再び月明かりに翳してチラリと俺を見た。
「ほの花が幼い時に俺の誕生日の贈り物にくれたものだ。山で偶然拾った琥珀っつー鉱石で毎日毎日小さい手で磨いてた。」
「そうなんですね。そりゃ、宝物ですね。」
先ほどまで感じていた強い拒否反応は影を潜め、少しだけ泰君さんの態度が柔和になった気がした。
手の中の宝石はよほど大切なものなのだろう。
それを見ている泰君さんは俺が見たこともないほど穏やかな表情をしていた。