第39章 陽だまりの先へ(終)※
振り返ったほの花は驚いた顔をして俺を見つめていた。
そして聴き間違いではない。
ハッキリと言った。
「天元」と。
今のほの花は俺を名前で呼ばない。
いずれは呼んでもらおうと思っていたけど、時期尚早かと思ってまだ呼ばせてなかっただけのこと。
俺の瞳に映ったほの花は間違いなくほの花だった。
いや、ずっとほの花だったけど、今のほの花のがよっぽど素直で遠慮がない。
だけど、さっきのほの花は俺を見る目が少しだけ怯えていた。アイツの中に巣食っている鬼が漸く顔を出した瞬間でもあった。
やっと会えた。
やっと…!
それなのに引き寄せようと思ったその手は振り払われて、あろうことか後退りをして踵を返した。
慌てて腕を掴もうと手を伸ばしたが、それは空を切り、其処はもぬけの殻。
前方を見れば全速力で逃げていくほの花の後ろ姿が目に入る。
「…あ、んの、やろ…!逃さねぇ…!」
だが、それが長く続かないことくらい分かりきっていた。
逃げ出してから数秒間、呆気に取られて固まってしまっていたが、大した枷にはならない。
俺の俊足を舐めんじゃねぇぞ。柱をやめたとしてもまだまだ鈍ってはいない。
どんどんと近づいてくるほの花の後ろ姿を視界に捉えたまま瞬きすら勿体無いと射抜く。
「もう、絶対に…!離さねぇ…!!」
ほの花に通常の体力があったならば少しくらい鬼ごっことして成立したかもしれないが、ものの数分でほの花の手を掴んだ場所は奇しくもアイツに二度目の告白をしたあのツツジが咲き乱れていた場所だった。
今は冬で閑散としてしまっているが、そこに佇むほの花の後ろ姿がそれだけで花のように美しいと感じた。
「ゼェゼェ…ッ、ゴホ、ハァハァ……」
たったこれだけの鬼ごっこで肩で息をして倒れ込みそうなほの花の呼吸が落ち着くのを待ってやる。
口を挟むことは憚られた。
ほの花の言葉が聴きたかった。
お前の言葉が聞きたい。
ほの花、今度はずっと待ってやる。
お前が記憶のない俺をずっとずっと愛してくれていたように。
俺は絶対にお前を捕まえてみせる。