第39章 陽だまりの先へ(終)※
「私たちが天元様に想い人ができたと知った時、共通して言った言葉があるんですけど何だと思いますか?」
「…え?えと…、何でしょう…。」
「…"天元様いいなぁ"です。」
雛鶴さんは微笑んだまま鏡台に置いてあった櫛で私の髪を梳かし始める。
地肌に擦れる櫛の感触が擽ったい。
「…"いいなぁ"?」
「ほの花さんと同じく、私たちも小さな里の中でひっそりと生きてきました。天元様のことは大好きですが、結婚相手も親に決められてしまうんです。だから、初めて自分で選んだ人と恋仲になれるなんて羨ましいって思ったんです。」
それを聞いて私は目を見開いた。
そんな風に思っていたなんて思いもしなかったから。
「だから私たちはほの花さんを恨んだことなんて一度もありません。むしろ私たちも天元様みたいに自分で選んだ好きな人のところに嫁ぎたいと思って、私たちから天元様に提案したんです。」
「…傷心の末、正宗達と恋仲になったんでは、ないんですか?」
「まさか!正宗様は本当に素敵な方です。護衛官をされていたからか、痒いところに手が届く気配り上手でお姫様にでもなった気分になって…好きになってしまったんです。」
頬を染めて照れたように笑う雛鶴さんは可愛らしくて、いつものお姉さんのような雰囲気ではなく、少しだけ幼さを感じる。
でも、その表情から正宗のことを凄く大切に、好きだと思ってくれているんだと感じて私は胸が熱くなった。
「…だから、ほの花さん。私、いま幸せなんです。」
「……っ、はい。」
「ほの花さんも私たちに気を遣わないで、天元様にたくさん甘えて幸せになって下さいね?そうしないと…天元様が可哀想ですよ。一生好きな女性に気を遣われる人生なんて…ふふ。」
悪戯っ子みたいな顔をして笑った雛鶴さんが顔に白粉を塗ろうとした時、溢れ出した涙を止めることができずに頬を濡らした。
化粧をしてくれようとしているのだから早く止めなければいけないのに、後から後から溢れ出すそれは私の涙じゃない気がした。
これはきっと
体に残ってる記憶の中の"私"の涙だ。
"私"はずっとずっとこのことを聞きたかったのかもしれない。
溢れ出すそれをそのままに雛鶴さんはずっと後ろから抱きしめてくれていた。