第39章 陽だまりの先へ(終)※
温かい腕に包まれると雛鶴さんの胸が押し付けられて鼓動が聴こえてくる。トクントクンという鼓動は誰かがそばにいてくれている証拠。
「ほの花さん、つらかったですよね。」
そうして紡がれた言葉は私に優しく降り注ぐ。
「里ではつらい思いもされて、今も記憶が無くてさぞ心細いでしょう?でも…ほの花さんには天元様がいるじゃないですか。」
「…雛鶴さん…。」
「もちろん私たちも…正宗様達もいます!記憶がなくても一人じゃないですよ?ね?」
鏡越しに目が合うと雛鶴さんは笑ってくれる。その顔はとても綺麗で慈悲深い。
私のことを理解してくれている、そんな表情。
でも、私はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。今だったら聞ける気がしたのだ。
「…あ、の…、私のこと、憎んでないですか…?」
「…憎んでない?…何でそう思うんですか?」
ずっとずっと…瑠璃さんの話を聞いてから気になっていたこと。
記憶がない私でもこんなに気になるんだ。記憶がある私はもっと長い期間気にしていたのではないかと思った。
関係性が出来上がってしまうともっと聞きにくくなる。でも、今ならばまだ聞きやすい。
そう思ったのだ。
「あの…、宇髄さんを…元旦那様を奪われたとは…腹が立っていませんでしたか?私のことを憎んではいませんでしたか?」
瑠璃さんは宇髄さんから断られたと言っていた。だから私と宇髄さんが恋仲だった時にはその関係性は解消されていた。
でも、雛鶴さん達は違う。
夫婦関係だったところを私が横からしゃしゃって出てきたことで関係を解消せざるを得なかったのではないか?
どんな事情や理由があれど、ひとつ屋根の下で夫婦として暮らしていたところに、ぽっとでの女が恋人として入り込んだら嫌な想いをしていたのではないか?
どうしてもそこだけが気になって気になって仕方がなかったのだ。
宇髄さんは十分すぎるほど私に愛を示してくれている。ドキドキすることも、胸が締め付けられるほど苦しくなることも多い。
きっとそれは記憶があった時もそうだったのではないかと思う。宇髄さんは裏表がない性格だから。
自分の夫だった人間が他の女性に愛を囁く様子を見せられて平気でいられるものなのだろうか?