第38章 何度生まれ変わっても
「ギャッ!!」
トドメを刺そうとした侍を飛び越えて妓夫太郎がまず鎌を振り下ろしたのは隣にいた女。
虫の息だと思っていた侍は驚いて妓夫太郎を見た。
良い着物を着て清潔で肌艶もいい
たらふく飯を食らい、きれいな布団で寝れる。
生まれた時から雨風凌げる家で暮らしているだろうその侍。
妓夫太郎が持っていない。
いや、妓夫太郎と梅が持っていなかった全てのものを持っているその男。
「何もかも持ってるくせに目玉一つ失ったくらいでギャアギャアピーピーと騒ぐんじゃねぇ。」
許せなかった。何もかも持っているのに自分の大切な妹をたった目玉一つ失っただけで殺したことを。
天は自分に何もかも与えてくれなかったくせにたった一人の妹まで奪うのかと。
そして、妓夫太郎の鎌はその侍を頭から斬りつけた。
いくら梅の仇を取ったとしても、もう梅はいない。
誰も助けてくれない。助けてくれないのが二人の日常だったから。
"禍福は糾える縄の如し"の筈なのに。
いいことも悪いことも代わる代わるきて欲しいのに。自分のところには悪いことしか起きない。
妓夫太郎を助けてくれる"人間"はいなかった。
そんな時救ってくれたのが"鬼"だったとしても後悔はなかった。
何度生まれ変わっても鬼になるだろう。
幸せそうな家族を許さない。
必ず取り立てて妓夫太郎になる。
妓夫太郎の中で唯一心残りなことがあるとすれば妹・梅のことだった。
もっと良い店に行けば、真っ当な花魁に。
普通の親元にに生まれれば普通の娘に。
良家に生まれていたら上品な娘に。
自分が育てたから梅はこうなったんじゃないかと妓夫太郎は後悔していた。
"奪われる前に奪え、取り立てろ"と教えたから梅は侍の目を突いたが、従順にしていたら違う未来があっただろう。
染まりやすい素直な性格の梅だからこそ、環境が違えばこうはならなかったことが唯一の心のこり。
それは妹を想う兄の愛に他ならない。