第38章 何度生まれ変わっても
妓夫太郎が消えゆく最期に思い出したのは堕姫の本当の名前。
妹の本当の名前だ。
それは"梅"
死んだ母親の病名から付けられた。
──羅生門河岸
遊郭の最下層で生まれた二人。
子どもなんて生きているだけで飯代がかかって迷惑千万。
そんな中、妓夫太郎は何度も何度も殺されそうになった。それでも必死に生きてきた。
虫ケラ
ボンクラ
のろま
腑抜け
役立たず
妓夫太郎は醜い声や容貌を嘲られ、汚いと言われて石を投げられた。
当時の妓夫太郎は貧しさから垢まみれでノミがついて酷い匂い。
美貌が全ての価値基準である遊郭では殊更忌み嫌われた。まるで怪物のように。
空腹は鼠や虫を食らい、遊び道具は遊郭の客が忘れて行った鎌。
妓夫太郎の中で何かが変わり始めたのは妹の梅が生まれてからだった。
年端もいかない頃から大人もたじろぐほど綺麗な顔をしていた。
自分が喧嘩に強いと気づいて取り立ての仕事を始めた時、誰もが自分に恐れ慄いた。
今まで罵詈雑言を浴びせられた妓夫太郎が初めて感じた自己肯定感だった。
そうすると、自分の醜さが誇らしくなり、美しい妹がいることでも劣等感を吹き飛ばした。
これからの人生は良いものになると疑わなかった。梅が十三になるまでは。
それは突然訪れた。
客の侍の目を簪で突いて失明させたことで、梅はその報復として生きたまま焼かれたのだ。
妓夫太郎はその時、仕事でいなかった。
戻ったら丸焦げになった妹が虫の息で呻いている。それがどれほどの悲しみだったか。
どれほどの怒りだったか。
二人の無念さは二人にしか分かり得ないだろう。
妓夫太郎は泣き叫んだ。
『何も与えなかったくせに取り立てやがるのか!ゆるさねぇ!ゆるさねぇ!!』
その時、ドスッという音と共に妓夫太郎は侍に背後から斬りつけられたのだ。
茫然とする意識の中で知らないうちに自分が厄介者だと思われていたことを知る。
それを侍に頼んで殺そうとしたことを。
誰も味方はいない。
自分の味方はたった一人。
梅だった。
なのにその梅はもういない。
与えられないままに奪われた。
妓夫太郎の怒りは沸々と湧き起こっていった。
それは憎悪と入り混じり、大きな力となっていくのだ。