第37章 貴方は陽だまり
炭治郎の頭突きを喰らった妓夫太郎が若干たじろぐが日輪刀で斬りつけられたわけでもないのだ。
ほぼ無傷に近い。
(土壇場で頭突きかよ。効かねぇぜ。こんなの…)
そう、ほぼ無傷に近い筈なのに妓夫太郎は自分の体に異変を感じた。
「お兄ちゃん‼︎何してるの‼︎早く立って‼︎」
堕姫の言葉に反応して立ちあがろうにも再び頭突きで押し返してきた炭治郎に力無く倒れる様に妓夫太郎は目を瞬かせた。
(おかしい…!体がうまく動かせねぇ…!ただの人間の頭突きだぞ?)
呼吸を使った攻撃ならば百歩譲って理解できてもいま、食らったのは普通の頭突き。
いくら石頭だとしてもせいぜい"驚く"低度の筈。
それなのに妓夫太郎はいま、全く体に力が入らないのだ。
原因を探すために自分の体を凝視すれば、太腿に突き刺さっていたクナイが目に入った。
それはつい先ほど、雛鶴が大量に打ち込んできたそれと同じもの。
恐らく頭突きと同時に刺されたのだろう。
頭突きはただの見せかけ。
本当の目的はこのクナイを妓夫太郎に打ち込むことだったことに気づいても後の祭りだ。
(あの女…!あの時渡しやがったな…!)
転んでもただでは起きないのが人間の強みだ。
想いが強ければ強いほど攻撃に重みが加わる。
絶対に負けないと言う想いが背中を押す。
炭治郎が先ほど両手を地面に叩きつけたのは、遊女の香り袋を引っ掻いて、藤の花の毒の匂いを消すため。
(コイツ…コイツ…!弱いくせに!人間のくせに…‼︎)
妓夫太郎の顔に初めて焦りの感情が見受けられた。
折られた指を気にすることもせずに刀を握って頚を斬ろうとしている炭治郎に冷や汗が流れ落ちた。
これだけ力の差を見せ付けたのに。
たった独りきりになったのに
何故諦めない?
何故折れない?
何故ブレない?
妓夫太郎を倒そうとする意志が。
それが不思議でならなかったのだ。
たった独りきりになったとしても絶対に負けたりしない。
力で負けても想いでは負けない。
炭治郎は全身の力を振り絞って妓夫太郎の頚に向けて真っ直ぐに刀を振り下ろした。
此処にいない人たちの分の想いも込めて。