第37章 貴方は陽だまり
「…ほの花!!」
そう、その女の名前はほの花。
俺の継子。
目の前の女の肩を掴んでこちらを見上げるその瞳は漆黒。
髪には花飾り、耳にも花の耳飾り。
白い花がよく似合うほの花に合わせて俺が買ってやったもの。
見覚えのないと思っていた浴衣も俺が選んだ。
何故忘れた?
何故忘れてた?!
確かに嫁は三人いた。
だが、それは何ヶ月も前までのこと。
関係を解消してでも一緒になりたいと願った女がいた。
誰にも渡したくない。
独り占めしたくてたまらない唯一無二の女がいた。
"ただの継子"なんかじゃねぇ。
アイツは俺の女だったろうが。
絶対に誰にも渡したくない。何者からも守ってやると誓った。
アイツの笑顔はいつだって変わらない。
俺が忘れていると言うのに当然のように笑顔で接してきたアイツが信じられない。
まるでそれを望んでいたかのような態度。
まるで全てを元に戻したみたいな状況。
誰もが困惑する中、ほの花一人だけ落ち着いていた。
逃げ回るように
ヒラヒラと舞う蝶のように
ほの花はこの状況を続けようとした。
少しずつ
少しずつ
お前に惹かれていく俺に気付かせないように。
だけど、その顔はいつだって同じ笑顔。
アイツは今まで一度だって我儘を言ってきたことはない。
俺が言わせてやれなかった。
俺が甘えさせてやれなかった。
アイツはたった一人でずっと我慢していたのだ。
今、この瞬間も。
振り向いたほの花はこちらを向いていつもの笑顔を向けた。
「…ほの花、お前…何かしたろ?」
「………」
「何しやがったか大体検討はつく。」
「………」
「でもよ、忘れんな。お前を想う気持ちはそんなもんに邪魔されねぇ。」
「………」
「何度だって思い出してやる。お前は…俺の女だ。」
すると目の前にいたほの花の表情が驚いたようなものになったかと思うと、くしゃくしゃな顔に歪み、大きな漆黒の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「…天元、ありがとう。」
"天元"
そうだ。俺はほの花に…ほの花にだけそう呼ばれていた。
忘れもしない。
そう呼ばれた時の嬉しさを。
絶対にお前との記憶だけは忘れてはならない。一人の女を全力で愛した俺の生きた証。