第37章 貴方は陽だまり
早くしなければ楼主の願いを聞き入れることなく、死を迎えるだろう。
しかし、能力を使えば必ず助かるのに患者本人が希望していないのだ。
ほの花は困惑していた。
この能力は無闇矢鱈に使う物ではない。
だからほの花は此処に来てからも当主である産屋敷以外にはほとんど使ったことはない。
産屋敷にすら内緒にして制限をしながら使っていた。
「お三津の…無念も…俺の無念も晴らしてくれる…。あの男が…仇を取ると言ってくれたんだ…」
「あの、男…?」
「顔は…見ていないが、この一連の不可解な出来事について聞かれたから蕨姫が元凶だと答えた…」
その瞬間、少しの補足説明もないのにそれが宇髄のことだとピンと来たほの花。
宇髄は楼主に聞いて蕨姫のことを知ったのか。
そこまでは考えると腑に落ちたが、目の前の楼主の怪我を治さずに言うことを聞いてもいいのだろうか。
「…きっと、仇を取ってくれます。旦那さん…、傷の手当てを…」
「ほの花、お三津に会いたいんだ…頼む…。」
懇願するようなその瞳にほの花は鼻の奥がツンとした。
確かに普通の治療では助からないかもしれない。
でも、自分には助けられる術があるのに…。
「…助かる可能性があっても…ですか?私なら治せるかもしれないんです…!不思議な能力があって…!」
こんなことをよく知らない一般人に話すなんて間違ってる。
でも、女房に会いたいという楼主の願いは助かる命を見捨てることになることがどうしても許せなかった。
「ほの花…、俺は…もう十分生きた…。それならば…その力は…もっと若い奴らに使ってやってくれ…。ありがとう。お三津の反物を…探して来てくれないか?」
これは患者の意志だ。
助からない患者に対して、最期の治療を患者自身に委ねることは医療界にはよくあること。
それが正解なのかは分からない。
でも、これを望んでいたのは楼主自身なのだ。
ほの花は翳していた手を引っ込めると倒壊しかけているその建物の中に入って反物を探した。
急いで行かなければ…こうしている間にも楼主の命は事切れてしまうかもしれない。
しらみつぶしに建物内を隅々まで探す。
命尽きるその時まで人間は美しいものなのだからだ。