第36章 命の順序
「…"秋元"と言う方は私の上司です。それ以上でもそれ以下でもありません。」
ほの花の定型分のようなその台詞。
一体何度口から放っただろうか。
最早数えることもできない。
しかし、今日はその台詞をただ定型文として吐いたわけではない。
「そうやって意地を張っていると、また失って後悔しますよ。大切な人を大切にする勇気を持たないと駄目です。そうしなければ…」
「そうですね…。"今は"……。私は神楽ほの花と申します。貴女は?」
遮るようにほの花はその女性の言葉を止めた。もちろん。今の関係性は師匠と継子だ。
名前を問えば「詩乃と申します」と答えてくれたその人に向かいほの花は言葉を紡いでいく。
「"今は"まだ師匠です。そしてこれからもずっと"師匠"かもしれません。でも…それでも…私はあの人のことを誰よりも大切に想っています。」
「ほの花さん…」
「詩乃さんの言葉を胸に刻みます。大切なものを大切にする勇気を持って、私はこの戦いに挑みます。…さぁ、行きましょう。早く逃げなければ。」
地下洞の大きな空間から人を救い出して、それから花街の怪我人を救護して…、やることはたくさんあるのだ。
でも、此処で詩乃に会えたことはほの花のお尻を叩いたことだろう。
"大切なものを大切する勇気"
それこそがほの花に足りなかったもの。
失う怖さが勝ったことで宇髄の気持ちも無視して記憶を消し去ると言う荒技に出た。
大切なものを大切だと。
欲しいと言える勇気こそが幸せになり、相手を幸せにすることだと言うこと。
今ならば分かる。
記憶がないながらに宇髄が少しずつほの花に歩み寄って来ていたのは気がついていた。
それすら必死に跳ね除けて聞く耳を持たなかったのはほの花の方だ。
「私の背中に乗ってください。」
「え…え?!大丈夫ですか…?」
「平気です!!私、師匠にめちゃくちゃ鍛えられてますから!」
"今は"継子として彼の望むことを成し遂げよう。
この続きはこの戦いが終わった後。
二人が生きていたら…
いや、生き残って必ず伝えよう。
継子ではなく恋人だったこと。
忘れ薬を飲ませて忘れさせていたこと。
私はもう大切なものを間違えたりはしない。