第36章 命の順序
しかし、ほの花が考えていたことは思ったよりもずっとずっと難しいことだと言うことが外に出た時に思い知らされた。
地下洞にいた時、大きな音は聴こえてきたけど、そこまで大惨事だとは思っていなかったのだ。
それが一歩建物の外に出れば、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
血を流してその場で倒れ込む人。
泣き叫びながら助けを呼んでいる人。
「…え…、な、何事でしょう…?」
「…詩乃さん。歩けますか?此処はもう平らな地面です。此処を真っ直ぐ行けば花街を抜けます。」
「え…ほの花さんは…!?」
「私は師匠に頼まれたことをしなければなりません。隆元!!この方も一緒にお連れして!」
ほの花は目の前を歩いていた元護衛の隆元を呼び寄せると詩乃の避難を頼むことにした。
避難だけでなく、自分がすべきことは怪我をした人の救護だ。
避難だけならできる人に頼める。
でも、救護は自分にしかできない。
屋根裏に隠してあった薬箱はむきむきネズミが持って来てくれた。
薬師として稼働できる手筈は整っている。
「…詩乃さん。貴女とお会いできて良かったです。自分のお尻を叩くことができましたから。」
「…ほの花さん…。秋元様…の本当のお名前を…教えて頂けますか?」
それは純粋無垢で曇りの無い眼。
宇髄の名前を聞いたとしてもきっと悪用したりなどしないだろう。
ほの花は少しだけ微笑むと唇に人差し指を当てて「宇髄さんです。でも、内密に…」と伝えた。
それを聞いて詩乃はコクンと頷き踵を返す。
「ほの花さん、宇髄様にお伝え願えますか?
『助けて下さってありがとうございました』と。もちろんほの花さんも。ありがとうございました。」
詩乃がこちらを振り向くことはなかった。
覚悟を決めて前に進んでいる。
彼女はほの花と違い、本当に恋人を亡くしたのだ。
それでも悲しみを乗り越え、前を向こうとしている。
その姿は本当に見習わなければならない。
ほの花のように失うのが怖くて記憶を消してしまったなんて弱虫ではない。
でも、もうほの花も振り返らない。
進むべき道の先へ行くため。
ほの花は突き進むと決めたのだ。