第36章 命の順序
「秋元様は…教えてくれたんです。恋人を亡くしたという部下の方のお話を。とても…とても大切そうな目で…お話してくださいました。」
「……そう、ですか。」
「あなたの…ことですよね?先ほど秋元様とお話していましたよね?その時のあなたを見つめる目が…私にお話をして下さった時と同じ目をしていました。」
ほの花は彼女の話を必死に整理していた。
"秋元"として遊郭に潜入調査をしていた宇髄が自分のことを話したということ。
ぐるぐると情報が頭の中で錯綜しているが、ある言葉が甦ってきた。
それは宇髄と一線を超えてしまったあの日に言われた言葉。
──遊郭でよ、お前みたいな女がいた
── 恋人を病で亡くして、薬や治療の借金のために遊郭に売られた女でよ。
あの時はその女性と比べられたような気がして嫉妬で腹が立ってしまったほの花だったが、目の前の女性の話し方では少しだけ空気感が違う。
"とても大切そうな目でお話ししてくださいました"
それではまるでほの花のことを大切だと言っているように聞こえてしまう。
微妙な顔をして笑うことしかできないほの花にその女性は話を続ける。
「一度も抱いてくれませんでしたが、"話をしよう"と言えばいつもあなたのことばかりを話してくださいました。次第に私の方が秋元様をお慕いするようになってしまいました。」
「…そう、なんですか。」
「でも…、それも受け入れてくださらなかった。秋元様は想い人を忘れられない貴女の事をいつも気にかけていらっしゃいました。目の前に私がいるのに貴女のことを重ねていらっしゃるようでした。境遇が…似ているから。」
恋人を亡くした遊女。
恋人を亡くした継子。
重ねてしまうのは致し方ないかもしれない。
それでもこの女性の前で自分の話を何度もしてくれていたことにほの花の胸が熱くなるのも無理はない。
「…貴女が羨ましいです。やっと恋人を忘れられて、新たにお慕いすることができた殿方の心を丸ごと掴んでいらっしゃるようで。」
その女性の表情は物悲しげにほの花を見つめている。
二人の関係性は師匠と継子。
羨ましいと思われるような関係性ではないが、ほの花は一つずつ答え合わせをしているような気分になった。