第36章 命の順序
「耳を引っ張って怪我をさせた子に謝れ」
たとえ堕姫が蕨姫として得た金銭で衣食住を与えていたとしても人間は所有物ではない。
何をしても許されるわけではないのだ。
しかし、突然の善逸の叱責に目を丸くする堕姫。
まさか此処でそんなことを言われるとは思わなかったのだ。
「つまらない説教を垂れるんじゃないわよ!お前みたいな不細工がアタシと対等に口聞けると思ってんの?!」
堕姫の中では確固たる持論があった。
遊郭では女は商品。ものと同じに扱われる。
売ったり買ったり壊されたり…持ち主が好きにしていい。
不細工は飯を食う資格はない。
何もできない奴は人間扱いしない。
しかし、それは善逸には理解ができない。
特殊な環境に身を置いていた堕姫だからこそ持ってしまう悲しい持論だ。
「自分がされたら嫌なことは人にもしちゃいけない。」
「……違うなぁ、それは。」
堕姫と妓夫太郎は二人で一つ。
二人の考えはとても悲しい過去に根深く残っている。
──人にされて嫌だったこと苦しかったことを人にやって取り立てる。
自分が不幸だった分は幸せだった奴から取り立てねぇと取り返せねぇ。
それが俺たちの生き方だからなぁ。
言いがかりをつけてくる奴は皆殺してきたんだよなぁ。
お前らも同じように喉笛掻っ切ってやるからなぁ。
堕姫と妓夫太郎は二人で一つ。
それは二人だけが二人にしかわからない考え方。
どれだけ周りが叱責したとて、二人で乗り越えてきた絆は強い。
それこそが自分達の生き方。
その瞬間、妓夫太郎と向き合っていた炭治郎は物凄い威圧感で押し潰されそうになっていた。
怖くて怖くて手が震える。
後ろには毒を食らった宇髄がいる。
自分が守らなければという強い責任感だけが頭を動かしている。
(…アイツが動いた瞬間、刀を振るえ。ほんの少しでも動いたその瞬間に)
それほどまでに攻撃速度が速いのだと察知している。
しかし、気づいた瞬間、目の前に鎌を喉笛に突きつけている妓夫太郎がいた時に炭治郎は目の前が真っ白になった。
(刀を振れ、仰け反れ…!)
脳で考えていては既に遅い。
炭治郎の脳裏に浮かんだのは自分が喉笛を掻っ切られた後の姿だった。