第36章 命の順序
「忍なんて江戸時代に絶えてるでしょ‼︎嘘つくんじゃないわよ!!」
取り留めのない記憶をかき集めたくても如何せん今は上弦の鬼との戦闘中だ。
忍が江戸時代で絶えたなんていうのも間違いだ。
宇髄家は忍の家系であることは間違いないからだ。しかし、多くは江戸時代で絶えたのだろう。
宇髄の兄妹は9人いたが、十五になるまでに七人死んだ。一族が衰退していくことに焦りを覚えた宇髄の父が取り憑かれたように厳しい訓練を子どもたちに強いた。
生き残ったのは宇髄とその二つ下の弟のみ。
その弟は宇髄の父の複写のような存在だったと言う。
父と同じ考え、同じ言動。
部下は駒
妻は跡継ぎを産むためなら死んでもいい
本人の意思は尊重しない。
ひたすら無機質
宇髄はそんな人間になりたくなかった。
だから里を抜けた。
思い出すのは鬼殺隊当主である産屋敷耀哉の言葉だ。
──ツラいね。天元。君が選んだ道は。
自分を形成する幼少期に埋め込まれた価値観を否定しながら戦いに身を置き続けるのは苦しいことだ。
様々な矛盾や葛藤を抱えながら君はそれでも前を向き戦ってくれるんだね。人の命を守るために。
ありがとう。君は素晴らしい子だ。
いつかきっと君は誰もが羨むほどの幸せを手にするよ。きっと…
(…俺の方こそ感謝をしたい。お館様)
命をかけて当然。
全てのことはできて当然。
矛盾や葛藤を抱えるのは愚かな弱者
宇髄の置かれてきた環境はお世辞にも良いものとは言えない。
それでも前を向く。
この戦いだけは負けるわけには行かない。
約束をしたから。アイツと。
『師匠…!ご武運を!』
桜の木を見に行くって約束をした。
徐々に重くなっていく体に顔を引き攣らせた宇髄だが、その瞳は真っ直ぐに前を見据えている。
「…んん?んんん?ひひっ、ひひひっ!やっぱり毒効いてんじゃねぇかよ。じわじわっと。効かねぇなんて虚勢張ってみっともねぇなぁ?ひひひっ!」
「いいや、効いてないね。踊ってやろうか?絶好調過ぎて天丼百杯食えるわ!派手にな!」
負けるわけには行かないのだ。
アイツと話したいことがある。話さないといけないことがある。
── いつかきっと君は誰もが羨むほどの幸せを手にするよ。きっと…
(…お館様、俺は…其れを自ら掴みにいきます。)