第36章 命の順序
しかし、宇髄の心の葛藤など露知らず。
妓夫太郎は宇髄の言葉に憤怒していた。
「お前、女房が三人もいるのかよぉおお。ふざけるなよなぁああ。許せねぇなああ。」
まるで善逸のような受け答えだが、妓夫太郎の怒りは本物だ。
宇髄を怒りの眼で睨みつけるとそのまま攻撃を仕掛けてきた。
──血鬼術 飛び血鎌
それは薄い刃のような血の斬撃
そして数も多い。
後ろに一般人を庇いながらでは捌ききれないと判断した宇髄は咄嗟に床を叩き爆風を起こし、一階に落ちて行く。
あのまま斬撃を捌くよりもこちらの方が一般人を守れると判断したからだ。
一階に着いた途端、宇髄は後ろを振り向くと「逃げろ!身を隠せ!」と指示を出す。
逆に近くにいられると戦いにくい。
守りながらの戦闘などいくら柱とて骨が折れる。
相手は上弦の鬼なのだから。
「逃がさねぇからなぁ。曲がれ、飛び血鎌。」
一階に逃げたところで妓夫太郎には関係ないこと。一度は直撃を免れたその血鬼術がぎゅるりと方向転換をすると宇髄に襲いかかってきた。
もちろんそれを日輪刀で捌いていくが、まだ近くに一般人がいるのだ。
あまり大きくは動けない。
其処に留まり、当てないように気を配らなければならない。
敵に当たって弾けるまで動く血の斬撃。
宇髄は攻撃を捌きながらも再び考えていた。
この二人の兄妹のことを。
妹の堕姫の首を斬っても死ななかったこと自体があり得ない事態。
そして妓夫太郎の登場だ。
こちらを斬れば消滅するのか?それとも本体が妓夫太郎なのか?
(どの道、やるしかねぇ。)
上の階の人間は既に逃げていると見越した宇髄は爆役を手にしてそれを二階に向けて叩っ斬った。
──ドゴォォンッ
大きな爆風と共に建物には穴が開いてしまったが、宇髄がその場に到着すれば帯が繭のような状態で鎮座していた。
「…まぁ、一筋縄にはいかねぇわなぁ…」
シュルシュル…
帯がゆっくりと縮まっていき、徐々に見えてきたのは妓夫太郎の肩に乗った堕姫。
既に傷も回復している堕姫は不満気にこちらを見つめている。
「俺たちは二人で一つだからなぁ」
妓夫太郎と堕姫。
その鬼は二人で一つ。
それが何を意味するのかこの時はまだ確信が持てずにいた。