第36章 命の順序
「顔は火傷か、これなぁ、顔は大事にしろなぁ。せっかく可愛い顏に生まれたんだからなぁ」
堕姫の体から出てきた鬼が涙を拭き取っている。
出てくる前に堕姫本人が「お兄ちゃん」と呼んでいたということは堕姫の兄なのだろう。
しかし、仲良しこよしを見ていられるほど宇髄に時間はない。
出てきた男の鬼はかなりの強者だと言うことを肌で感じているのだから。
音もなく宇髄がその男に刀を振り下ろすが、その瞬間こちらをジロリと睨みつけ、気づいた時には宇髄の背後にいた。
ビチッと宇髄の額当てに亀裂が入り、頭にも痛みが走った。
あまりに一瞬のことで瞬きすらできなかった。
「へぇ、やるなぁぁ、攻撃止めたなぁあ…」
振り返った宇髄が見たその姿は肋が浮き出た鎌を二本持った男の鬼。
猫背で下から見上げるように睨みつけるその様に宇髄は眉間にシワを寄せた。
その男の名前は妓夫太郎
妓夫とは遊郭において主に客の呼び込みや集金をしていた役職を指す。呼び方はさまざまあったが、それをそのまま名前としてつけられたのは妓夫太郎だけではないだろうか。
妓夫太郎は頭から血を流しながらも自分を睨みつけてくる宇髄に奥歯を噛み締めた。
「お前いいなぁ、その顔いいなぁあ…しみも痣も傷もないんだなぁあ…」
妓夫太郎の妬みは次々と向けられるが、それを黙って聞いている宇髄の頭の中にあるのはこの二人の殲滅方法ただ一つ。
「肉付きもいいなぁ、俺は太れねぇんだよなぁ…上背もあるなぁ…縦寸が六尺を優に超えてるなぁあ…女に嘸かし持て囃されるんだろうなぁあ」
ひっく、と嗚咽をしながらまだ泣いている堕姫の泣き声と妓夫太郎の妬み嫉みが部屋の中を飛び交っている。
よほど容姿で苦労をしたのか、もしくは酷い仕打ちを受けたのか。
やたらとこの二人は外見を気にしているように見える。
「妬ましいなぁ、妬ましいなぁ…死んでくれねぇかなぁ。そりゃあもう苦しい死に方でなぁあ。生きたまま皮を剥がされたり、腹を掻っ捌かれたり…それからなぁ…」
止まることを知らない妓夫太郎の妬みは黒い空気となり宇髄を包んでいった。