第36章 命の順序
"あの女"とはほの花のことだと言うことだけ宇髄はピンと来る。
しかし、それが逆に感情を昂らせていく。
(…誰がお前に傷つけさせっかよ…)
冷静そうに見える宇髄とて、自分の仲間達を痛めつけられたことへの怒りは沸々と湧き起こっている。
「うるせぇな。いまお前と話してねぇよ。失せろ」
炭治郎と禰󠄀豆子に視線を向けたまま、そう言い放つ宇髄。
興味がなかったのだ。堕姫には。
「お前、上弦の鬼じゃねぇだろ。弱すぎる。俺が探っていたのはお前じゃない。」
「え…」
振り返った宇髄の目に入ってきたのは首が切断された堕姫の姿。
いつ斬られたのか?
炭治郎はその光景に愕然として目をパチクリさせることしかできない。
「おい、戦いはまだ終わってねぇぞ。妹をどうにかしろ。」
「グアアア!グアアアア!!」
ジタバタして駄々をこねているようにしか見えなぁ禰󠄀豆子を見て冷静にそう言う宇髄はため息を吐く。
「ぐずり出すような馬鹿餓鬼は戦いの場にはいらねぇ。地味に子守唄でも唄ってやれや。」
「ガアアアッ‼︎」と呻き声をあげた禰󠄀豆子が炭治郎ごと外へ飛び出したことで、炭治郎の目に映るのは頚が切断された堕姫に宇髄の姿。
(…本当に助かった。宇髄さんが来なければ最悪な事態になっていたかもしれない。)
そのまま地面に落ちていった炭治郎を待ち受けていたのは叩きつけられる激しい痛み。
「うぐっ!!」
「ガアアッ!!」
無意識のうちに禰󠄀豆子は炭治郎の羽交締めを外そうと躍起になっているのだ。
あれほどまでに兄想いの禰󠄀豆子が兄を痛めつけてでも体をバタバタと動かし続けている。
炭治郎の声は全く届いていない。
そこにいるのは宇髄の言った通り鬼化が進んだ妹の姿。
(どうしよう、母さん…)
母親の姿を思い浮かべた時、炭治郎の脳裏によぎったのは母の言葉ではなく、信頼している上官の言葉だった。
──子守唄でも唄ってやれ
そう。宇髄の言葉だ。そんなことはやってみないとわからない。
無理かも知れない。
それでも炭治郎は歌い始めた。
妹が理性を取り戻してくれるかもしれないならば、と。