第36章 命の順序
──兄ちゃん、助けて。起きて。姉ちゃんが…姉ちゃんでなくなっちゃう。
限界を超えていたことで屋根の上で気を失っていた炭治郎はその声で目を覚ました。
それは亡き弟の姿。
あたりを見渡せば、あちこちが破壊されてしまっていて見るも無惨な状況だ。
しかし、下を見れば夥しい血溜まり。
炭治郎は怪我をした体に叱咤激励をしてなんとか立ち上がり、下に降りると人の悲鳴が聞こえた。
堕姫が人を襲っているのだと思い、慌てて建物内に入った炭治郎が目にしたのはいつもの竹を噛んだ禰󠄀豆子ではなく、涎を垂らし自制心を失った鬼。
その目の前には血を流して震えて固まっている女性が目に入った。
炭治郎は慌てて持っていた刀を手に禰󠄀豆子に向かって飛び込んだ。
「禰󠄀豆子!!駄目だ!耐えろ!!」
「グアアアアッ!!」
「禰󠄀豆子!辛抱するんだ!」
「ゥアアアアアア!グアアアアッ!!」
「ごめんな!戦わせてごめん!」
鼻のいい炭治郎はそこらじゅうからする禰󠄀豆子の血の匂いに、自分が気を失っている間に戦ってくれていたことを悟る。
どれほど斬られたか。
どれほど痛めつけられたか。
考えただけでも居た堪れない。
「痛かったろう!苦しいよな?ごめんな、でも大丈夫だ!兄ちゃんが誰も傷つけさせないから!眠るんだ!禰󠄀豆子!眠って回復するんだ‼︎」
「ウァアアアッ」
しかし、禰󠄀豆子はなかなか自制心を取り戻せない。
炭治郎が飛びかかって羽交締めにしたところでそれを担いだまま飛び上がると天井を突き抜けて二階に体が投げ出される。
此処は遊郭だ。
その部屋では遊女と客が突然現れた二人を見て悲鳴を上げている。
一般人を巻き込まない。
鬼殺隊としてそれは最低限すべきことだが、今は禰󠄀豆子を宥めていつもの姿に戻すことが先決だ。
自分も手負いなのに禰󠄀豆子の強い力を抑えながら、必死に被害が拡大しないように食い止める炭治郎は痛みで顔を歪ませる。
「禰󠄀豆…子!眠るんだ…!」
「グアアアア!!」
眠りさえすれば禰󠄀豆子は鬼だけど、人に迷惑をかけたりしない。
"良い鬼と悪い鬼との区別もつかないなら柱なんてやめちまえ"
柱合会議で不死川に口走ってしまったその言葉。
それを違えるわけには絶対に行かないのだ。