第36章 命の順序
「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ、カハッ…」
人間には二つの限界がある。
「体力の限界」を迎えると人は苦しくて動けなくなる。
目から血を流すほどに強い怒りで苦しみや痛みを忘れられたとしても次に来るのは「命の限界」
当然ながらそれを超えると人間は死ぬ
炭治郎は今、それを超えかけたのだ
この限界値を1秒でも伸ばし、鬼と渡り合うために幾星霜幾星霜血反吐を吐くような努力をしているのだ。
怒りという感情だけで勝てるのならばこの世にもう鬼は存在していないだろう。
その様子を見つめていた堕姫は冷静さを取り戻していた。
先ほど追い詰められていた時の表情とは違う。
しかし、追い詰められたことへの激しい屈辱感が身体中を包んでいた。
「惨めよね。本当に人間っていうのは。どれだけ必死でも所詮この程度だもの。気の毒になってくる」
確かに堕姫の言う言葉は間違いない。
今の攻撃、鬼ならば確実に炭治郎が勝っていただろう。それをできなかった理由は「人間」だからだ。
「ゴホゴホっ!ゴホッ…!」
なかなか咳が止まらない炭治郎は堕姫の言葉も耳に入ってこない。
とっくに体力の限界を超えていたのだ。
目の前は真っ暗で自らの心臓の音しか聴こえない。
「そうよね、傷も簡単には治らないし、そうなるわよね」
堕姫は目の前の炭治郎を少しずつ追い詰めていく。精神的に。
じわりじわりと…。それは先ほど自分が受けた屈辱感のお返しと言わんばかり。
(構えろ…!刀を!来る…!)
滑稽なものを見るかのように炭治郎を嘲笑う堕姫がゆっくりと近づいてくる。
「…お返しに、アンタの頚を斬ってやるわよ」
受けた屈辱は必ず返すという強い意志を感じたのは一瞬のこと。
ドゴォッという鈍い痛みと共に堕姫を襲ったのは怒りがこもった激しい蹴り上げだった。
咳き込む炭治郎を守るように現れたのは麻の葉紋様の着物に市松模様の帯を付け、口には竹を咥えている少女だった。
「ゔーー!ゔーーー!!」
激しい怒りで身体中の血管が浮き出るその少女こそ、炭治郎の鬼にされた妹
──竈門禰󠄀豆子だった