第36章 命の順序
(柔らかい、柔らかすぎて斬れない。しなって斬撃を緩やかにされた)
一度刀が離れれば、堕姫が帯を引き寄せたことで炭治郎は後ろに転がってしまう。
受け身を取ったが、体勢が整わないうちに一気にカタを付けようとする堕姫の帯がさらに数を増やして炭治郎に襲い掛かる。
(…帯が増えた。十三本。避ければまた被害が広がるかもしれない。でも、やけに遅いな。)
炭治郎は不思議な感覚に陥っていた。
先ほどまでは攻撃さえ見えなかったと言うのに今はとても遅く感じるからだ。
増えた帯にも逃げる事なく刀で受け止めて全て弾き飛ばす。
「斬らせないから!今度は‼︎さっきアタシの頚に触れたのは偶然よ‼︎」
それは堕姫の強がり
認めたくない。
柱でも無い鬼殺隊士に頚を斬られそうになったなんて言う屈辱が。
ガガガガガという帯を受け止める音が辺りに響き渡っていく中、鎬で受け流された帯が一箇所に集まっていることに気づいた堕姫だが、その瞬間炭治郎は帯を突き刺した。
十三本の帯がまとめて捕まったのだ。
「それで止めたつもり?!弾き飛ばしてやる‼︎」
しかし、その帯は動くことなく逆に引っ張られてピンと張り詰めた。
柔らかい帯をしならせずにそのまま斬るつもりだろう。
それに気づいた堕姫だが、驚きながらも余裕はある。帯など瞬きしてる間に伸ばせる。
何尺あるかわからないこの距離を一瞬で詰めることなど不可能だ。
それなのに…
「え…?」
瞬きをする間に飛び込んできたのは炭治郎の方で、そのあまりの速さに瞬きすることもできなかった。
まとめられたその帯は炭治郎に斬られて宙を舞っている。
(単純なことだ。しなるより尚速く刀を振り抜いて斬ればいい。今度は斬れる。)
あまりに冷静だった炭治郎
あまりに集中していた炭治郎
その脳裏に浮かんだのは幼い妹の姿
『お兄ちゃん!息をして‼︎お願い‼︎』
その瞬間、肺に酸素が行き渡っていないことに気づき呼吸困難に陥った。
「ゴホッ…!!」
堕姫の頚を斬るまであと少し。
あと少しだったその距離で炭治郎は倒れ込み激しく咳き込んだ。
茫然と言う言葉が最も合っている。
堕姫はその姿をただ見つめることしかできなかった。