第36章 命の順序
炭治郎の心は驚くほど落ち着いていた。
それはまるで凪のよう
──血鬼術 八重帯斬り
(さぁ、止まらないでしょ?馬鹿だから。逃げ場のない交叉の一撃)
前からも横からも後ろからも帯が迫ってくる攻撃に堕姫は炭治郎の末路が安易に思い浮かんだ。
花街に分裂していた堕姫の体
一つになればその速さは先ほどのそれとは比ではない
その時ですら四苦八苦だった炭治郎が堕姫の完全体に敵うはずがなかった
(お終いよ。その鈍ごと斬ってあげる。)
堕姫の目的は下っ端の鬼殺隊士ではない。
"柱"なのだ。
柱の方にほの花もいる。此処に長居は無用。
その時だった。
──ヒノカミ神楽 灼骨炎陽
炭治郎の鋭い攻撃が堕姫を襲ったのは。
明らかに先ほどまでの攻撃とは違う。
(痛い…!何、この痛み!!)
斬撃を受けたところが灼けるような痛みが走り、上手く再生できずにいる堕姫は目を見開く。
信じられないことが起きているのだ。
炭治郎は手負い。
それも酷い怪我だ。
こんな動きをすれば体が裂けるはず。それなのに炭治郎は堕姫を見据えて尚も日輪刀を構えている。
そもそも完全体になったことで帯の硬度も上がっているのだ。
堕姫は震える指先に考えた。
(…これはアタシ?無惨様?)
攻撃を放ったそのすぐ後に連続攻撃が念頭にあったのだろう。炭治郎は続け様に剣を振るった。
その勢いは上弦の鬼である堕姫に後退りをさせるほど。
(コイツ…痛みを感じないの?おかしい!おかしい!さっきより速くなってる…!人間なの?!)
その刃は堕姫の頚を捉えて斬りつけたが、そこにある感覚は柔らかい感触。
先ほどまでのあれほど硬度が上がっていた帯だが、いざ斬ったらしなるように柔らかいそれは斬れなかった。
「アンタなんかに私の頚が斬れるわけないでしょ…‼︎」
帯から垂れ下がるような頚からは悔しさを滲ませた堕姫が怒りを込めて炭治郎を睨みつけている。
刀から感じるぐにゃりとした感触にも炭治郎は冷静だった。