第36章 命の順序
つい先ほどまで下にいた炭治郎がいま、自分の足を掴んでいる事実に堕姫は驚いていた。
まさかそんな瞬時に此処まで上ってきたなど考えられなかったからだ。
それも堕姫の攻撃で怪我を負っているのに。
血を垂らした目で堕姫を睨みつけると刀をブゥン!と振るって、攻撃を仕掛ける。
ガキィンという金属音と共に足を斬りつけると堕姫は後ろに一旦受け身をとらざるを得なかかった。
「…失われた命は回帰しない。二度と戻らない。」
まさか自分が斬りつけられるなんて…と信じられないと顔を歪ませるが、その足は難なく元に戻っていく。
それが鬼だ。
「生身の人間は鬼のようにはいかない。なぜ奪う?なぜ命を踏みつけにする?」
堕姫はどこかで聴き覚えのあるような気がしていた。炭治郎の言葉が。
──何が楽しい?何が面白い?命を何だと思ってるんだ
それは自分の記憶ではない。
ぼんやりと脳裏に浮かんだその長髪の男は見覚えがない。
「どうして分からない?」
──どうして忘れる?
脳裏に浮かんだその男と目の前にいる炭治郎とが重なって見える。
(これはアタシじゃない。アタシの記憶じゃない。無惨様の細胞の記憶…)
その記憶が誰のものなのか。
分かったところで堕姫のすべきことは目の前にいる鬼狩りを殺して、柱を捕食すること。
そして、鬼の害悪、ほの花を殺すことだ。
「人間だったろう。かつてはお前も。痛みや苦しみに踠いて苦しんでいたはずだ。」
炭治郎の言葉など耳に入らない。
そんな説教などいらない。
堕姫は屋根瓦を"ガンッ"と殴りつけると炭治郎を睨む。
「ごちゃごちゃ五月蝿いわね。昔のことなんか覚えちゃいないわ。アタシは今鬼なんだから関係ないわよ。」
鬼は老いない。
食うために金も必要ない。
病気にならない。
死なない。
何も失わない。
「…美しくて強い鬼は何をしても良いのよ…!」
血走った目で炭治郎を睨みつけると、炭治郎は諦めたかのような冷たい視線を堕姫に向けた。
「…分かった。もういい。」
二人の想いは永遠に交わることはない。
それが鬼と人間。
改心させようということが間違いなのだ。
目の前の鬼は禰󠄀豆子じゃない。
人を喰い散らかしてきた上弦の鬼なのだから。