第36章 命の順序
間一髪のところでほの花を助けられたのはいいが、肋骨が軋むとか言うので眉間に皺を寄せて睨んでやった。
そんなもんは擦り傷のうちに入らねぇっつーのに。ヘラヘラと笑うほの花にため息しか出ないが、今はそんな悠長なことを言ってる暇はない。
「応急処置はできるか?自分で。」
「あ、は、はい。できます。医療者なので。」
「どこかで隠れて処置しろ。その後、遊廓にいる人間の避難と怪我をした奴の手当を頼む。いいな。お前は俺の継子だが、薬師だ。自分のできることをやれ。」
そうだ、ほの花は薬師。
優秀な薬師だ。
記憶がなくともそれだけは何故か感覚的に分かる。
肋骨なんて微妙なところを怪我しやがったせいでほの花の手当てをしてやることもできないが、誰かに見られるのも癪。
遊女として潜入中に捕まったのだから今の格好は目に毒だ。
肩は肌蹴ていて白い肌が見えるわ、隙間から白い御御足が見えているわ。
こんな姿で舞扇で戦っていたなんて本当に勘弁してほしい。コイツには危機管理能力というものはないのか。
周りに俺以外の男だっていると言うのに。
そんなことを言ってもほの花には通用しないだろう。どうせキョトンとした顔をされるだけに決まっている。
怪我の処置さえ終えればほの花にはやってもらいたいことがある。
危険な目に遭わなければほの花の薬師としての能力を存分に発揮してもらいたい。
俺の中の俺がほの花を医療班として使えと言ってくる。
頑なに戦場に出したくないと思っていたのに、水が流れるように思い付いたそれは導かれたかのようにすんなりと納得出来る。
そうだ、それならば此処にいてもらった方が助かる、と。
今から恐らくド派手な殺り合いになる。
そうなった時にほの花には俺の継子として、薬師として、人命救助を先導してほしい。
それがほの花の役目だ。
そう言って役目さえ与えればコクンと頷いてくれるほの花にホッと一息ついた。
「…奥様達も私が必ずお守りしますのでご安心を。師匠、ご武運を。」
"ご安心を"と言われても其処を十分に納得するわけにはいかないが、ほの花の瞳が真っ直ぐで逸らすことができなかった俺は小刻みに頷くことしかできなかった。