第36章 命の順序
── アンタだけは先に殺しておかないと害悪になるからね!血は出さないでよ。でも…死んでもらう。あの方のためにも。
聴こえてきたその言葉と鈍い金属音に顔を上げるとほの花にまだ帯が襲いかかっているのが見えた。
腹の底から湧き起こる程の強い怒りで其処に向かう中で、言葉の意味を考えた。
"アンタだけは"って何だ。
血は出さないでよ。って何だ。
俺は何も知らない。
きっとほの花のことを少しも知らない。
此処に来るまでの間、何度ほの花のことを考えたか。
居なくなったと知ってどれほど後悔したか。
それなのに無くなった記憶の中に、その答えがあるんだろ?
俺が忘れてしまったそれはほの花との思い出が詰まってるんだろ?
だから今の俺は何でアイツらがほの花を狙うのかは分からない。
分からないけど、守ったら駄目な理由なんてない。
"嫁しか守るな"そう言ったほの花。
でも、俺はお前の師匠。
継子の命令なんざ聞くわけねぇだろ。
俺は俺の心に従う。
俺の心がお前を守れって全力で言ってんだよ。
お前だけは守れって。
だから俺はもう迷ったりしない。
分からないけど、俺はきっと
お前のことが死ぬほど大切だったんだ。
だから………
「…触んなっつーの。」
コイツは俺の大切な継子だ。
ほの花に向けられた帯を一つ残らず斬り捨てれば、こちらを驚いたように見つめてくる彼女をチラッと見た。
「…し、師匠…」
よく見れば顔は殴られたような跡が残っていて、綺麗な顔のあちこちが青紫色に変色してしまっている。
随分と拷問でもされたか。
そう考えると怒りで拳を握りしめた。
「怪我は?」
「す、すみません!ご迷惑をおかけしました。私は大丈夫です!」
元気だと言いたいのか両手をぶんぶんと振り回してそれを示してくれるが、体を動かした時に一瞬顔を顰めたのを見逃す俺ではない。
「…どこだ?」
「え?此処は地下です。」
「ちげぇっつーの!!どこ怪我したんだって聞いてんだわ!こんな時にボケかますのやめろ!」
いつでもどこでもほの花はほの花だ。
ガクンと項垂れる俺にペコペコと頭を下げてくるほの花。
でも、そんな姿であってもまた見れて本当に良かった。