第36章 命の順序
(思ったよりもしぶといわね、面白いわ)
蕨姫は戦いの中で成長している炭治郎を見て口角を上げた。
目の前にいる炭治郎は大汗をかき、呼吸は荒い。
上弦の鬼に対して対等に戦えているわけではないにせよ、"柱"でもない炭治郎が上弦の鬼と"戦えている"ということが興味深かったのだ。
しかし、ヒノカミ神楽の反動は凄まじい。体にかかる負担を感じながら、炭治郎は必死に刀を構えた。
(戦えてる…通用するんだ!"ヒノカミ神楽"なら。いや、でもそれだけじゃ駄目だ。勝つんだ!自分の持てる全てを使って…!守るんだ!)
チラッと見た視線の先にはときと屋で優しく接してくれた鯉夏花魁がいる。
あの日、炭治郎は炎柱である煉獄に救われた。守られたのだ。
しかし、それと同時に命も落とした。
もう二度と失いたくない。
それはほの花も思ったこと。
もう誰も失いたくない。
この戦いは"そういう戦い"だ。
守るために戦うのだ。
──ゴォオオという呼吸音を轟かせて炭治郎は再びヒノカミ神楽の技の体勢に入った。
見据える先にいるの上弦の鬼。
今度こそ勝つんだ!
「ふふ、不細工は頑張っても不細工なのよ。」
そんな炭治郎を嘲笑うかのように蕨姫は帯を振り下ろした。
✳︎✳︎✳︎
──少し時を遡り"萩本屋"では
「化け物!化け物がぁああ!!」
既に仕事の支度をしなければいけない時間帯なのに遊女が大慌てで廊下を走っている。
何かに怯えているようなその姿を不思議に思う他の遊女たちだが、支度をしないことに苦言を呈す。
「何よ、騒々しいわね。支度しなさいよ。」
「猪の化け物が天井とか床とか壊しまくってるのよ‼︎」
「え?!」
驚くのも無理はない。
伊之助が此処にいた時は"猪子"としてそれはもう美少女だと思われていた。
まさか男だとは思うまい。
野太い声を隠すために宇髄からは"喋るな"と言われる始末。
その言いつけを守っていた伊之助が男だとバレることはなかった。
しかし、今は違う。
鬼殺隊としての任務を遂行するために猪突猛進で鬼の巣に通ずる道を探していたのだ。
もう"猪子"は必要ない。
猪の被り物をして、刀を携えた鬼殺隊 嘴平伊之助の姿がそこにはあった。