第36章 命の順序
鬼は狡猾だ。
相手の弱点を見つければ容赦なくとことん突いてくる。
慈悲や情けはない。
「先刻、ちょっとやり合っただけでアンタの刀、もう刃毀れしてる。それを打ったのは碌な刀鍛冶じゃないでしょう?」
目敏く見つけられたそれに炭治郎は目を見開く。
確かに炭治郎の日輪刀の刃先は既に刃毀れを起こして欠けている。
鋼鐡塚に見つかったら殺される案件だ。
「違う!この刀を作った人は凄い人だ!腕のいい刀鍛冶なんだ‼︎」
「じゃあ何で刃毀れするんだよ。間抜け。」
蕨姫に帯を通して伝わってくるのは他のところでの戦闘だろう。
既に宇髄も加わっているだろうそれに苛々が募っていく鬱憤が炭治郎に向けられた。
「あっちでもこっちでもガタガタし始めた。癪に障るから次でお前を殺す」
ピンと張り詰める空気に炭治郎は背筋を伸ばして、刀を構え直す。
しかし、蕨姫の言う通り目に入ってくるのは刃毀れしている刀。
(…使い手が悪いと刃毀れするんだ。俺のせいだ。俺の…)
頭に浮かぶのは自分の不甲斐なさ。
これは鋼鐡塚の打ち方のせいではないと炭治郎自身がよく分かっていた。
自分は水の呼吸に適していないのだと。
水の呼吸の使い手である鱗滝や冨岡のようにはなれないと薄々感じていながらもこんなところでそれが露呈するとは思わないだろう。
(…俺の場合、ヒノカミ神楽のが合ってる。でも、威力が強くて連発できない。)
鍛錬でもできていないことが実戦でできるだろうか。
普通ならば鍛錬でできないことは実戦ではできない。
しかしながら、人間というのは不思議なものだ。
やらねばならないとき。
守るものがあるとき。
不思議なほど湧き起こる不屈の力がある。
それこそが鬼にはない生きている人間の強みでもある。
(…今やらないと駄目だ。そのために修行してきた。負けるな。燃やせ…燃やせ!心を燃やせ‼︎)
脳裏に浮かぶのは自分達を守ってくれた煉獄杏寿郎の姿。
守られてばかりでは嫌だと思ったあの日から炭治郎は血の滲む努力をしてきた。
もう二度と目の前で人が死ぬのは嫌だと。
──ヒノカミ神楽 烈日紅鏡
炭治郎の太刀が蕨姫に向かって振り下ろされる。
繋がっていく人の想いと共に。