第36章 命の順序
ほの花の薬はクソ不味いがよく効く。
薬が底をつきたことで解毒しきれなかった分が宇髄が渡した薬ですぐに雛鶴の顔色が良くなりつつあった。
「天元様、行ってください。先ほどの音が聞こえましたでしょう?鬼が暴れています。ほの花さんが危ないかもしれません。」
雛鶴の言う通り、此処にきた直後くらいに大きな音が聴こえてきた。ついに戦闘が始まってしまったのだろう。
「ああ。正宗、頼んだ。」
「承知しました。お気をつけて。」
宇髄は二人に見送られて切見世を後にすると音がする方に向かって走って行く。
音には敏感な宇髄であれば戦闘の場所などすぐに見つかるはずだ。
しかし、鬼の気配を探り始めた時、突然目の前に大きな白い虎が現れて、瞬間的に距離を取った。
(…鬼…?ではない、か。)
気配から鬼ではなさそうだが、野生の虎というわけでもなさそうだ。
明らかに空気感が違うその生き物に宇髄は目を凝らして見つめた。
「ほの花の命令で来た。お前の嫁が捕まっているところに案内する。」
「?!?!」
見た目は白い虎そのものだが、これでただの虎ではないことは明白。
突然現れたそれはあろうことか宇髄に向かって口を聞いたのだ。
しかも、内容にも驚きを隠せない。
「ほの花も…無事なのか?」
その口ぶりだと宇髄の妻は無事だと示しているが、ほの花のことには触れられていない。
反射的に聞いてしまったが、虎は此方を向いたまま小さく頷いた。
それは肯定の頷き。
ほの花は生きているのだ。
それが分かっただけでも肩の力が抜けていくのが分かる。
気がかりだったのはもちろん嫁全員と護衛達のこともあるが、ほの花の安否。
あんな死ぬ間際のような言葉を吐いて別れてしまったのがずっと胸を燻っていたのだ。
「…よし、じゃあ案内してくれ。」
「此方だ。」
そう言うと音がしていた方に走り出す白い虎。
普段そこまで虎を見る機会はないにせよ、その速さが異常だと言うことはわかる。
(…陰陽道…ってやつか?)
実際には見たこともなかったので初めて間近で見られて若干の興奮状態だ。
しかし、何か話そうにもあまりの早さで、移動していく白虎に宇髄も見失わないように必死だった。