第36章 命の順序
急ぎ、部屋に戻った炭治郎が見た物は帯に巻かれて宙に浮いてる鯉夏の姿だった。
(鯉夏さんの体…!どうなってる?でも出血はしていない。血の匂いはしない…!)
状況的にはこれも血鬼術だと言うのは分かるが、今は自分しかいない。
何とかできることをしなければと炭治郎は鬼を睨みつける。
「その人を離せ‼︎」
大声でその鬼に向かってそう叫べば、鋭い視線と恐ろしい闘気が炭治郎に向かって襲ってくる。
「誰に向かって口聞いてんだ。お前は。」
その女の鬼がそう発した途端、ブォンという風が走り抜けて炭治郎の体は最も簡単に吹き飛んだ。
目にも止まらぬ速さで飛んできたのは恐らくあの帯。
──ガキィィンッ
景色を見る余裕もなく叩きつけられたのは隣の家の屋根だった。
ハァハァハァ…と浅い呼吸と動悸が耳に木霊する。
(速い…見えなかった…。これが上弦…!体が痺れて動けない…)
炭治郎はあまりの鬼の速さに気が動転しているのを感じた。
すぐに脳裏に浮かんだのは"実力差"だ。
受身は取れたが、速さが明らかに負けていることに危機感を募らせる。
(…落ち着け‼︎)
炭治郎は頭に浮かぶ消極的な言葉の数々を一喝すると、起き上がって向かい側の家に再び視線を向けた。
冷静になれば見えるものが動揺して見えなくなることがある。
手足に力が入らないのは怯えている証拠。
体が痺れているのは背中を強打しているのだから当然と言える。
そんな些細なことも冷静にならなければ、実力差が途方もないほどのものだと思ってしまうのが人間の心理だ。
武器である帯は"異能"。
人間を帯びの中に取り込める。炭治郎が建物の中を探しても探しても見つからなかった人間が通れるほどの抜け道。
あの帯ならば通り抜けられる。
隙間さえあれば取り込んだ人間をいくらでも攫えるのだ。
向かい側の建物は"ときと屋"そこから出てきた鬼に炭治郎は向き合った。
「生きてたの?ふぅん。思ったより骨がある。目はいいね。目玉だけほじくり出して喰べてあげる」
鬼と対峙しているというのに静かな空気が流れている。
それはまるで嵐の前の静けさ。
月だけが二人を見下ろしていた。