第36章 命の順序
──京極屋
雛鶴と正宗から始まり、善逸、そしてほの花までもが失踪したことで楼主は体が震えるのが止まらず、一人部屋で項垂れていた。
その手の中にあるのは亡き妻お三津が最期に着ていた着物。
あの時、自分が止めていたら…
自分が代わりに行けば…
後悔は止め処なく押し寄せる。
その時だった。
ぴとっと首に当てられたのは冷たい金属の感触。
背後には何者かの気配。音もなく現れたその人物に心臓が煩い。
「ほの花と善子、雛鶴と正宗はどうした。完結に答えろ。問い返すことは許さない。」
それはクナイを片手に楼主に詰め寄る宇髄だ。
その目は怒りに満ちている。
──ドクンドクンドクン
大きく拍動しているその楼主の鼓動は耳のいい宇髄には煩いほどに聴こえていることだろう。
楼主は震える唇を何とか動かして喉を鳴らした。
「…ほの花…と、善子は、と、突然消えた…。雛鶴は病気になって…切見世に…ま、正宗も付き添って行った。」
その言葉は震えているが、嘘はないように思える。
震える体と浅い呼吸。戦慄く唇。
それは死を感じた人間がその直前に見せる防衛反応。
(…この男は信用できる)
数秒でそう判断した宇髄は言葉を続けた。
「心当たりのあることを全て話せ。怪しいのは誰だ?」
しかし、宇髄がこの男の言葉をいくら信用しようと、突然現れて命を狙ってきた男をそう簡単に信用できるわけがない。
ハァ、ハァ、ハァ…と浅い呼吸を繰り返している楼主の頭の中には嫌な予感も過ぎる。
本当のことを言ったらこのまま自分も殺されるのではないか。
そんな人間の心理は当然のこと。宇髄もそれを知り得ている。
「信用して言え。そいつは必ず俺が殺す。仇を討ってやる。」
その瞬間、楼主の頭に浮かんだのは亡くなったお三津のこと。
どうせ死ぬならば宇髄に託してみるのもいいかもしれない。
「蕨姫という花魁だ。日の当たらない北側の部屋にいる…」
恐怖を乗り越えてそう伝えたが、楼主が宇髄の気配がなくなったと感じた時には既にそこには誰もいなかった。
その瞬間、座っていられなくて両手を畳の上につき、大きく息を吐いた。