第36章 命の順序
まさかの男だということがバレていたことに二の句を告げずにいた炭治郎だったが、鯉夏の「事情があるのよね」という言葉に視線を絡ませた。
「須磨ちゃんを心配していたのは本当よね?」
その瞳はとても慈悲深い。
鯉夏花魁の人柄を表しているかのようなその視線に炭治郎は食い気味に返事をした。
「はい!それは勿論です‼︎嘘ではありません‼︎」
そんな鯉夏を目の前にしてより強く決意をし直すと炭治郎は拳を握り締めた。
「いなくなった人たちは必ず助け出します。」
「……ありがとう。少しは安心できたわ。私ね、明日この街から出ていくの。」
初めて聞いたその話に炭治郎は顔を綻ばせると「そうなんですか?!よかったですね!」と笑顔を向ける。
すると、少しだけ笑った後、儚そうな顔をして視線を下げた彼女に炭治郎は首を傾げる。
「…こんな私でも奥さんにしてくれるという人がいて幸せなの。でも…だからこそ残していくみんなのことが心配でたまらなかった。嫌な感じのする出来事があっても私には調べる術もないから。」
「それは当然です。気にしないで笑顔でいてください。」
「…私はあなたにもいなくなってほしくないのよ。炭ちゃん。」
鯉夏花魁としての生活は今日が最後。
自分のいる店でも人が何人もいなくなれば気になるのは当然。
ずっと気に病んでいたことを目の前の少年が解決すると言う。
男の子だと分かってはいたが、素直で優しい炭治郎のことを鯉夏は怪しんだことなど一度もなかった。
自分は今から鬼と対峙しなければいけない。それも上弦かもしれないのだ。
曖昧に笑うことしかできない炭治郎が深々と頭を下げて去っていく姿を鯉夏は暫く見つめたままだった。
(…きっと、大丈夫よ)
そう自分に言い聞かせると再び鏡に向き合った鯉夏だったが、ふと背後に気配があることに気づく。
炭治郎が忘れ物でもしたのかと思い、「忘れ物?」と振り返った先にいたのは見たこともない凶悪な顔をして舌舐めずりをする女の姿。
しかし、その歯は鋭利で人間のものとは思えない。
「そうよ、忘れずに食っておかないとね。あんたは今夜までしかいないからねぇ、鯉夏。」
目を見開いた鯉夏の前にいたのは鬼。
その瞳には
【上弦 陸】と書かれていた。