第36章 命の順序
"藤花彫り"に興味津々だった炭治郎だが、今はそれどころではないと我に帰ると伊之助と向き合った。
宇髄は花街を出ろと言ったが、仲間の二人がいなくなっているのだ。
簡単に諦めてのこのこと二人で帰るなんてできない。
「夜になったらすぐに"萩本屋"に行く。それまで待っていてくれ。一人で動くのはあぶない。」
鬼が上弦だった場合、一人では絶対に対処できない。いや、二人であっても対処できるかどうか。
しかし、伊之助は炭治郎のその発言が気に入らない。先ほど鬼を見たということを伝えたのにすぐに来ない炭治郎に苛ついたからだ。
一刻の猶予もないというのに。
「今日で俺のいる店も調べ終わるから。」
「何でだよ‼︎俺のところに鬼がいるっつってんだからすぐにこいよ!頭悪ぃな‼︎テメェはほんとに‼︎」
その苛々がついつい己の手を動かして炭治郎の頬を引っ張り上げながら苦言を呈す伊之助。
荒れ狂う彼は大きな声で怒鳴り散らすので屋根の下にいる住人はいい迷惑だろう。
「違う」と否定してもなかなか理解してくれずに挙句の果てにぺむぺむと殴り始める伊之助に炭治郎はそのまま話すことにした。
「夜の間、店の外は宇髄さんが見張っていてくれたろ?でも、善逸は消えたし、伊之助のところの鬼も今は姿を隠している。」
炭治郎は話を始めてもまだぺむぺむと叩くのをやめない伊之助に困り果てながらも兎に角自分の意見を伝えようと言葉を続ける。
「イタタ、ちょ、ぺむぺむするのやめてくれ。た、建物の中に通路があるんじゃないかと思うんだよ。」
「…通路?」
漸く手を止めた伊之助に炭治郎は起き上がって彼を見た。
それはただの仮説にすぎない。でも、その仮説が希望の光になることもある。
「そうだ。しかも店に出入りしていないということは鬼は中で働いている者の可能性が高い。たしか…ほの花が言ってたよね?京極屋で怖い花魁の人のこと…」
「はぁ?だから俺んとこに居たって言っただろ?!」
「わ、分かってる!分かってるけど…‼︎鬼は通路を通って移動してるのかも…。そう考えたら伊之助のところにいたのも肯けるよ。」
あくまで伊之助の話を否定しないように。
炭治郎は言葉を選ぶのに必死だった。
此処で仲間割れはできないから。