第36章 命の順序
「でも…!」
「黙らねぇか‼︎下がれ‼︎」
脳裏に思い浮かぶのは妻であるお三津の変わり果てた姿。
あの日、"足抜け"する遊女が跡を立たないことからお三津が見かねて蕨姫に苦言を呈しに行ったことを楼主は黙認をしていたのだ。
少しでも改善されるなら…と思ったが、逆にその朝、お三津は死んでいるところを発見されたのだ。
それがどう言うことなのか…?
「蕨姫の気に障ることをするからだ…!善子もお三津も…!ほの花もだ…‼︎金輪際誰もこのことを話すな‼︎いいな!」
"足抜け"した奴のことを話すなという箝口令を敷けば、もうそれを話す者はいなくなる。
足抜けしたと思われた人たちが陰で鬼に喰われているとも知らずに。
✳︎✳︎✳︎
「だーかーら‼︎俺んとこに鬼がいたんだよ‼︎」
その頃、屋根の上で定期報告のために炭治郎と伊之助が二人で残りの三人を待っていた。
伊之助は昨日のまきをの部屋でのことを炭治郎に身振り手振りで話している。
「こういう奴がいるんだって‼︎こういうのが‼︎」
「いや、あの、うん…それは、待ってくれ」
炭治郎の制止もなんのその。
伊之助は尚のこと話し続けている。
「こうか!こうならわかるか?!」
手の形を変えながら必死にその形態を表現しようとしている伊之助に炭治郎も苦笑いを浮かべる。
どうやら自分の言っていることが分からないのだと思い、必死になって伝えようとしてらいる伊之助と定期連絡に来る三人を待ってから話そうと思っている炭治郎との攻防がそこにあった。
「…そろそろ善逸とほの花と宇髄さんも来ると思うから…」
「こうなんだよ!俺には分かってんだよ‼︎」
「…うん…」
「ほの花と善逸は来ない」
「「!!!!」」
埒があかない…と炭治郎が肩を落とした時、音もなくその声は現れた。
風すら揺らがないほど静かにそこに背を向けて座っている宇髄に伊之助は息を飲んだ。
「…ほの花と善逸が来ないって…ど、どういうことですか?」
炭治郎の額に冷や汗が伝った。
宇髄の後ろ姿が今までの様子とガラリと変わり、張り詰めた空気感によって激しい怒りの匂いがしたから。