第36章 命の順序
持ってきた軟膏を善逸の傷口に塗ると、念のため痛み止めの薬も塗りつける。
体の骨に異常がないか全ての箇所を触ってみるが、受け身を取ったのだろう。気を失っただけで他には異常は見当たらなかった。
「あんた、見ない顔だねぇ。」
善逸の怪我が重症じゃなかったことにホッとしたのも束の間のこと。
ほの花は突然発せられた声にその場で固まった。
気配はなかった。
声を発せられたことで漸くその気配に気づいたのだから。
しかし、蕨姫は客を迎える準備をしていると善逸を運んでくれた人が言っていた。
蕨姫ではないはずだ。そのはずなのにほの花は冷や汗が止まらなかった。
それでも恐る恐る後ろを振り向くと、そこにいたのはヒラヒラと宙を待っている帯だったのだから。
「…な、…?な、なに…?」
「へぇ…あの男…こんな女を隠し持っていたんだねぇ。それで私を追い出すつもりだったのかい。」
物理的に帯が人格を持ち、話すなんてことは見たことも聞いたこともない。
と言うことは、ほの花の目に映っている現象が血鬼術であり、あまりの気配の無さにその鬼が自分よりも遥かに強いと言うことだけが分かる。
善逸の手当てをしたら宇髄に手紙をしたためようとしていたほの花だったが、一歩遅かったことに冷や汗が止まらない。
「…あ、あなたは…?」
「可愛い顔してるわね。あんたは特別に最後に食べてあげる。なかなか上玉を食べる機会はないからねぇ。」
「…た、食べる…?」
ほの花は状況を図りかねていた。
その鬼がどこまで勘付いているかわからなかったから。
自ら鬼殺隊士だとバラすわけにはいかない。
善逸がどう言う経緯でこうなったのかもわからない。
しかしながら、状況は限りなく悪い。
宇髄に連絡も取れていない、善逸も気を失っている。
そして何より武器は屋根裏に隠してあるのだ。
太腿に隠し持っている小刀だけが自分の武器だけど、鬼相手には大した戦力にはならない。
万事休すと思われた時、帯に目が現れてほの花を凝視し始めた。
品定めをするように上から下まで見られながらも攻撃の機会を伺うがなかなか隙は見当たらない。