第36章 命の順序
「支度するからさっさと片付けな。」
「は、はい!」
誰も蕨姫に逆らうことはできない。
楼主ですら機嫌を直したように見えた蕨姫に安堵して、彼女の機嫌を損ねる事をするなと言う始末。
京極屋が既に蕨姫という鬼に巣食われている証拠だった。
準備を始める前に、吹っ飛ばされた善逸に蕨姫は冷たい視線を向ける。
咄嗟に受け身を取ったことである答えに行き着いたのだ。
(鬼殺隊なんだろう。でも柱のような実力はない。)
ニヤリと口角だけ上げて、自室の鏡台の前に座ると笑いが込み上げてくるのを我慢できなかった。
何故遊郭で鬼の蕨姫が人間のふりをしていたのか…?
簡単な事だった。
「少し時間がかかったけどうまく釣れてきたわね。どんどんいらっしゃい。皆殺して喰ってあげる」
それは自らの力を増強させるため。
鬼殺隊を一網打尽にして、全てを自分の血肉と変えるため。
作戦が進んでいることに気を良くした蕨姫の不敵な笑いだけが部屋に響いた。
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バタバタと慌ただしい足音が落ち着いた頃、ほの花の部屋に一人の怪我人が運び込まれた。
「入るよ。」
「え…?はい!」
開かれた襖に目を向けるとそこには二人がかりで抱えられている善逸の姿にほの花は目を見開いた。
口と鼻から血を流し気を失っている善逸。
それだけで先ほどの大きな音が善逸に関わっていた事だとすぐに分かる。
ほの花とてそれが何を意味しているのかわかっている。
大きな音は一度だけしかしなかった。
それは乱闘騒ぎではないことを表している。
鬼殺隊である善逸を一撃で気を失わせることができる人がこの京極屋にいるとは到底思えないからだ。
「善子が蕨姫を怒らせちゃってね。気を失ってるから此処で少しの間、様子を見ててやってくれ」
「分かりました。…その、蕨姫は…?」
「もうすぐ店が始まるから準備してるよ。あんたも準備をしておいてくれよ。」
あくまで此処では"蕨姫"として振る舞っているが、これではっきりした。
ほの花は拳を握りしめると善逸の手当てを始める。
薬はありったけ持ってきた。
だが、本当の戦闘が始まればこんなもんでは済まないだろう。
(…蕨姫が…此処を巣喰ってる鬼だ。宇髄さんに知らせないと)