第36章 命の順序
──ドガーーーンッ
店中に響き渡るほどの大きな音は一階にいたほの花にまで聴こえてきた。
「…え、…な、何の音…?」
それは二階から。
何かあったのは一目瞭然で、廊下を慌ただしく人が二階に向かって走っていく様を見てほの花もまた部屋を出ようとした。
「あんたは此処にいな!!いいね?」
教育係の人にピシャリとそう言われて襖を閉められてしまうとほの花はその場で立ち尽くすことしかできない。
(…善逸…大丈夫かな?)
何かが突き破る音のようにも聴こえた。
まるで殴り合いの喧嘩のような…
ほの花はゆっくりと息を吐くと仕方なく腰を下ろして天井を見上げた。
ちょうど真上のそこに善逸が転がっているとも知らずに。
✳︎✳︎✳︎
「気安く触るんじゃないよ。のぼせ腐りやがってこの餓鬼が。躾が必要なようだね。きつい躾が。」
手を掴み自分に指示をしてきた善逸に腹が立った蕨姫は怒りのまま、その手を振り払い殴り上げた。
善逸の体は部屋を通り抜けて向かい側の部屋まで吹っ飛ばされたが、蕨姫は違和感を感じていた。
(…あの餓鬼、この感触からすると軽傷だね。失神はしているけども。受け身を取りやがった。一般人じゃない。)
善逸が吹っ飛ばされたはしたが、咄嗟に受け身を取ったことを一瞬で悟った。
すぐにでも叩き起こして調べようかと思ったが、それは叶わない。
「蕨姫花魁…‼︎」
バタバタと駆けつけた楼主によって止められたからだ。
「この通りだ‼︎頼む‼︎勘弁してやってくれ‼︎もうすぐ店の時間だ‼︎客が来る…‼︎俺がきつく叱っておくからどうか今は…‼︎」
楼主からすれば蕨姫は鬼だとは気付いていないし、鬼だとしてもこの店の稼ぎ頭なのだ。
廊下に這いつくばって頭を下げる楼主に蕨姫は鬼とは思えないほど柔和な笑顔を向けた。
「旦那さん、顔を上げておくれ。私の方こそごめんなさいね。最近癪に触ることが多くて…」
その姿は人間にしか見えない。
誰もがそう思うだろう。
「入ってきたばかりの子にキツく当たりすぎたね。手当てしてやって頂戴」
そう言う蕨姫に楼主は破顔させると何度も何度も頭を下げ続けた。
これが遊郭の繁盛店の楼主の姿とは誰も思うまい。