第36章 命の順序
「え!?け、喧嘩⁈喧嘩したの⁈大丈夫⁈」
「っ、ひっく…‼︎」
「え、あ…!ごめん、ごめんね!君を怒ったわけじゃないのよ。…ごめん…‼︎」
女の子の泣き声がするからと思って、その声を辿ってここまで来たは良いけど、部屋のあまりの惨状に慌てふためいた結果、大きな声を出してしまった。
声をかけたら更に泣き出してしまった女の子に俺はタジタジになりながらも必死に宥める。
「な、何か困ってるなら…」
──ぞくり
そう言いかけた瞬間、背中に悪寒が走った。
言いようのない気配に体も震える。
「アンタ人の部屋で何してんの?」
俺は耳が良い。
音で人を判別できるし、感情も分かってしまう。
だから後ろから感じる音が何なのか…
分かってしまう
(…鬼の音だ…ッ‼︎)
──ドクンドクンドクンドクンドクン
自分の鼓動が煩い。
心臓の拍動が早い上に苦しくなるほど息が吸えない感覚に陥っている。
ゴクリ…と生唾を飲むと、震えながら後ろの気配を背中で感じとる。
今、後ろにいるのは鬼だ。
人間の"音"じゃない。
声をかけられる直前まで全く気付かなかった。こんなことある?
ほの花は…?!駄目だ、ほの花の音が聴こえない。近くにいないんだ。
──ドクンドクンドクンドクン
鳴り止まない心臓の音を聴きながら頭に浮かんだことに震えるほどの恐怖を感じた。
これ…上弦の鬼、じゃないの?
音がやばい。静かすぎて逆に怖いんですけど。
しかし、俺がびびってちっとも返事をしないことに苛ついたのか後ろに立っている"鬼"が怒りの音をさせながら言葉を投げつけてきた。
「おい、耳が聴こえないのかい?」
ギギギ…と音がしそうなほどゆっくりと後ろを見ればそこにいたのは花魁姿の女の鬼。
見た目は大層美しいが、怖い。
怖くてたまらない。
震えて固まっている俺に廊下側から女の子が声をかけてくれた。
「わ、蕨姫、その人は昨日か一昨日入ったばかりだから…」
助け舟を出してくれた子たちも震えているが、発した言葉に少しだけ反応ができた。
(…蕨姫…!!ほの花が言ってた人だ…)
京極屋の稼ぎ頭だという蕨姫だが、その性悪な性格に手を焼いていると言う…。
(…鬼の正体は蕨姫で間違いない)