第36章 命の順序
妙だな…。
妙な感じだ。今はまずい状況なのか?わからない。
ぬめっとした気持ち悪い感覚はする。
まきをの部屋の近くまで来たはいいが、角から隠れて見ていても伊之助は状況を判断しかねていた。
見ているだけでは埒が開かないと思った伊之助は間髪入れずに部屋まで走り込むと襖を勢いよく開け放った。
しかし、襖の向こうの部屋は切り付けられた跡やら荒らされた形跡は確認できたが、もぬけの殻。
先程までまきをと隆元が捕まっていたのは間違いないが、寸前で気付いた帯が姿を隠したのだ。
そんなこととは露知らずの伊之助だが、窓もないその部屋に風が吹いてることに違和感を感じた。
ぐるりと部屋を見渡せばその違和感の正体が天井裏にあることに気付いた。
(…やっぱり鬼だ!いまは昼間だから上に逃げたな?!)
伊之助の武器は隠してあるため、手持ちの得物は己の拳のみだが、咄嗟にまきを達に置かれていた食事のどんぶりを掴むと天井に向かってぶん投げた。
「おいこら‼︎バレてんぞ‼︎」
あれほど宇髄に喋るなと言われていたとしてもこの際、もう仕方ない。
投げつけたどんぶりが見事天井に当たると
ギシギシギシギシ
バタ バタ
と大きな音を立てて何かが移動する音が響き渡る。
「逃がさねぇぞ‼︎」
音のする方に向かって伊之助も走っていく。
どこにいく?
どこに逃げる?
天井から壁を伝って移動するか?よし、その瞬間、壁をぶん殴って引き摺り出す‼︎
バタバタバタというけたたましい足音をさせて猛烈な速度で走っていき、「ここだ‼︎」とその鬼の居所に向かい拳を振り落とす。
…が、たまたま出てきた客の顔に当たってそのまま壁に打ち付けたことで寸分狂ってしまったようだ。
「きゃぁ!殴っちゃった‼︎」
悲鳴は此処の女中だろうが、伊之助にとってはどうでもいいこと。折角鬼の気配を感じ取ったのだ。逃がすわけにはいかない。
下に逃げたことだけは分かったので階段で一階に降りていくが、時すでに遅し。
一階に降りた時は鬼の気配が感じにくく、あのぬめっとした感覚も無くなっている。
「くそっ…見失ったぁ…!クソッタレェエ‼︎邪魔が入ったせいだ‼︎」
悔しそうに地団駄を踏む伊之助だったが、それっきり鬼の気配は途絶えてしまった。