第36章 命の順序
── 生きてまた…来年の春にみんなで桜の木を見に行きましょうね
ほの花が昨日俺に言ったことが頭の中から離れない。
桜の木を見に行く?
春になると毎年桜を見に行くのはいつものこと。
それは自分が殺した弟妹達の墓参りのためだ。あそこにはいつも嫁達三人を連れて行っている。定例行事と言ったところだ。
出来る限り過去は話したくない。
話さなくていいのであれば話さない。
それなのに俺はほの花と一緒に行ったのか?
ほの花に俺の過去を話していたということか?
考えても記憶がないのだから分かるはずがないのに考えてしまう。
散らばった記憶をかき集めて一つにまとめる作業は骨が折れる。しかし、それでもやらなければならないと必死に頭の中を稼働させた。
しかし、結局散らばった記憶が少なすぎてまとめても微々たるもの。
これ以上出てはこない。
深いため息を一つ吐くと屋根の上から遊郭を見つめた。
(…今日も異常なしか。)
行き交う人の流れを見ながら、考えていたことを振り払うべく任務に集中することにした。
未だに尻尾を掴めないのはどう考えてもおかしいからだ。
普通の鬼ならば尻尾を出してもいいくらいなのに、うまく人間の中に溶け込んでいるのだろう。
嫌な感じはするが、鬼の気配ははっきりとしない。
まるで煙に巻かれているようだ。
六人だぞ。
六人も居なくなっているのに何の情報もない。
遊郭という場所が奴らにとってどれほど好都合なのか見せつけられている気がする。
気配の隠し方
巧さ
地味さ
どれをとっても普通の鬼の成せる技ではない。
(もしや…やはり此処を巣食ってる鬼は…上弦の鬼か?)
当初の予想通りなのであれば、これは…ド派手な殺り合いになるだろう。
もしそうだとすればほの花のことを気にしている余裕はない。
上弦の鬼は煉獄でさえ負けるのだ。
俺とて生きて帰れるとは必ずしも約束できない。
だが…生きなければいけない理由がある。
はっきりさせたいことがあるからだ。
ほの花、お前は誰だ。
お前は何者だ。
そしてそれを知った後、あの桜を見に行ってやろうじゃねぇか。
そのためには絶対に死ぬわけにいかねぇ。